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気候変動問題と向き合う際の羅針盤としての一冊、「The New Climate War(新しい気候戦争)」

気候変動、脱炭素ということばを目にしたり耳にする機会が増えると同時に、そのスケールの大きさ、技術的な難しさ等から、なかなか自分ごととして捉えづらいと感じる人も多いのではないでしょうか。

そんな中、先日「The New Climate War: The Fight to Take Back Our Planet(未邦訳:「新しい気候戦争:私たちの惑星を取り戻す闘い」)を読んでみました。

世界で最も有名な気候科学者の一人と言われているペンシルベニア州立大学マイケル・マン教授によって2021年1月に出版された一冊で、気候変動への取り組みを阻害する「新たな」組織、企業、メディア、メディア勢力の存在に光をあて、カーボンニュートラルに向けて私たち一人ひとりが情報やメディアとどう向き合うべきかについてまとめられています。フィナンシャル・タイムズとマッキンゼーが選ぶ2021年のベストビジネス書の最終候補の6冊に選ばれていたということもあり、手にとってみました。

自分自身、気候変動や地球環境問題の専門的な知識や知見は自分は持ち合わせていないものの、メディアなどでの気候変動問題の取り上げられ方に興味を持っていたからです。

「新しい」気候変動についての戦争とは
タイトルに「新しい」という言葉が使われていることの意味が最初は分からなかったのですが、読み進めていくうちに納得できました。実はマン教授は2014年に『地球温暖化論争』という書籍を出版していて、当時の論争のテーマは、大手石油企業らが展開する、人為的な地球温暖化そのものを否定するキャンペーンを問題視する内容でした。

ただ、その後、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が2021年8月に「人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない(unequivocal)」と断定され、台風、洪水、山火事、猛暑、干ばつなどの甚大な自然災害が目に見える形で発生していることで、地球温暖化そのものを明確に否定することがほぼ不可能になってきたことに由来しているそうです。

「新しい」気候変動戦争とは、否定する代わりに対応を遅らせたり(Delay)、偏った情報、誤った情報を発信したり(Deflect& Disinformation)、 分断させたり(Divide)、終末論的な(Doomism)情報を提供して落胆させる(despair-mongering)など、今までとは戦術を変えることで根本的でシステム的な問題解決を遅らせることを目的にする、「よりソフトな否定主義」に進化してきている、と指摘されてます。

読み進めていくうちに「なるほど」と感じる発見、気付きがいくつかありました。

①個人の問題を強調することで大手企業や政府等が二酸化炭素を排出する現在のビジネスモデルを維持しようとする取り組み。飛行機に乗ることで二酸化炭素を排出する「飛び恥」(フライト・シェイミング)の意識、菜食主義、家庭での電気代節約など、個人の行動に焦点を当てることで、進歩しているような錯覚に陥り、より効果的な企業や政府による集団的政策への支持が損なわれるという点。

②絶望的で終末論的な情報を提供することで「今更なにをしても変わらない」という、現状維持を容認する「inactist(非活動家)」を生み出していること。批判の矛先として、日本語版も出版されている『地球に住めなくなる日』についても、不安を煽り、科学的根拠が欠けている箇所もある、と指摘されてます。

③実現するかがまだ分からない新興技術に対する過度な期待に対する危惧。ここで『The New Climate War』の直後に出版された『地球の未来のため僕が決断したこと 気候大災害は防げる(原題:How to Avoid a Climate Disaster)』の著者であるビル・ゲイツ氏が登場します。マン教授はゲイツ氏のこれまでの慈善活動の実績、気候変動分野での貢献、影響力を評価する一方で、確証のまだ得られてない新興技術への過度な依存に警鐘を鳴らしています。

それは例えばジオエンジニアリングと呼ばれ、硫酸塩の粒子を大気中に放出して火山の噴火による冷却効果を模倣する技術や、直接空気回収(DAC)技術、そして次世代原子炉の開発などです。もちろん奇跡をもたらすような、まだ見ぬ技術やイノベーションは実現すれば素晴らしいですが、私たちが十分に理解していない、複雑な地球システムに手を加えることは非常にリスクが高いと指摘されてます。風力や太陽光発電などの必要なテクノロジーは既に存在し、それを導入するための政治的意志と政策が必要だと考える人たちにとっては、意見が異なる点となってます。

気候変動関連のニュースを読み解く際の羅針盤として
マン教授はこの分野で長年の実績を持ってますが、当然異なる考えを持っている人も多くいると思います。実際過去に地球温暖化否定・懐疑派からは嫌がらせ、信用を貶めるような中傷を受け続けているそうです。本書を読むことで得られたのは、そうした過去の経験、歴史を踏まえ、どのメディアのどの記者がどのような考えを持っていて、信頼できそうな視点、注意深く読み解く必要がある議論がどこに存在するか等を追体験し、学習出来る点にありました。
また、マン教授は、スウェーデンの環境活動家、グレタ・トゥーンベリさんに代表される世界的に広がる若者の活動に希望を見出し、彼ら彼女らを応援することの大切さも説いています。

国内でも近年気候変動、脱炭素についての報道も増えつつあると感じます。また、若者世代の動きに希望を感じる機会も増えてます。世界同時進行で今後も進んでいく気候変動対策の取り組みの中で、海外で起きていること、報道されていることの「文脈」を理解しようとする際、マン教授の著書はとても示唆に富む視点や座標軸を提供してくれる良書となりそうです。

【出版社・著者による紹介動画(1分50秒)】

Photo by Alex Lvrs on Unsplash

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市川裕康 (メディアコンサルタント)
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