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独立してから、「楽しい、消耗しない」働き方を見つけるまでの試行錯誤

気付けば2021年も春。会社を辞めてフリーランスになってから5年が経過しました。
会社辞める前はめちゃくちゃ恐怖だったのですが、意外と問題なく、楽しくヌルッと個人でお仕事が続いております(今のところまだまだ全然飽きない、自営業ライフ楽しいです)

フリーランス人口が時代の流れで増えているとはいえ、最初はとにかく不安なもの。
ゴリゴリ内勤生活だった会社員がどういう風に自営業として仕事をスタートし、新規案件を獲得し、その後飽きずに仕事を継続してきたか。人それぞれに様々な手法やストーリーがあると思いますが、もしかしたら参考になる方もいるかもしれないので、自分の事例をつらつらと綴ってみます。

独立時のスタートダッシュをとにかくブースト

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独立するタイミングでは、恥も見聞も捨ててとにかく目立つ、派手にスタートすることを意識してました。
クラウドファンディングも、初期のスタートダッシュでどれだけ大きくリーチし話題になるかが成功の分かれ目だったりする。血生臭いですが、注目の集まる初モノのタイミングでどれだけ値上げできるかが大事だと本能的に感じていました。場合にもよりますが、サイレントにスタートしてもあまり得しない感……

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気持ちは競りにかけられる魚……

未熟な自分を大勢に晒すのは気恥ずかしさもありましたが、どこにどんなチャンスがあるか分からないし、仕事がなさすぎるよりはありすぎるほうがいいだろう、ということで、とにかく派手に「市原えつこ氏、独立しまーーーーす!!!いぇーいドンドンパフパフ〜〜〜🤪🎉🎉」的なセルフ盛り上げ記事を頑張って書いてリリース。報告とともに、さりげなく自分のこれまでの活動のポートフォリオとしても機能するようにまとめ、どんな仕事が頼めそうなのか、漠然とでもイメージしてもらえるようにしていました。

上記の退職・独立エントリがバズり(確か当時1000Likeぐらい行ってた)、知人友人も記事をシェアしてくれたおかげで、ご祝儀案件的なお仕事依頼がめちゃくちゃ頂けるように。ありがたい……!とりあえず「会社辞めて、餓死したらどうしよう……💀」という不安は払拭されました。

消耗……からの取捨選択

独立初期はとにかく「この先生きていけるのか?」という危機感が常にあり、「とにかくサバイバル」「どんな手段でも稼ぐ」と息巻いて、お金になればなんでもやる、ぐらいの勢いで、あらゆる分野のお仕事依頼に「できます!!」「やります!!」と対応していました。

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当時はとにかく「金金金!!!!🤑」となっていた

新しくオープンする航空レストランのWebデザイン制作一式、数多の取材&ライティング案件、開発者向けイベントのデザイン一式、医療系ベンチャーキャピタルのサイトデザイン一式、大学での講義や講演、R&D組織のリサーチャー&プロデューサー、ワークショップのファシリテーター、ラジオ出演、地域のお祭りのプロデュースなどなど……(カオス)

結果的にどうなったかというと、

夏ぐらいに早くも消耗感が出てきました。「あれ、なんのために独立したんだっけ……?」という迷子感。

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特にデザインのお仕事は、当たり前ですが徹底的に顧客第一主義の生粋のクライアントワーク。ご依頼をいただくクライアント様に喜んで頂けるのは純粋に嬉しかったのですが、自分を殺すような感覚も強く、得られる単価としてはそこそこ大きく安定しており独立初期には非常にありがたかったものの、消耗が大きかったため、徐々に受注を減らしていきました。

ライターとしてのお仕事も、色んな面白い方のお話が伺えてリサーチ的に楽しめる部分もありつつ、ひたすら人の話を聞いてまとめていく作業を連続してやりまくると、己のアイデンティティが透明化して消失していくようで怖いと感じ始め……(最終的に、同じ執筆業でも自分の意見を自由に書くコラム的なもののほうが楽しくやれることに気がついた)

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なんとなく「借り物の自分」状態で仕事をしている違和感があった

その一方で、「アーティストとしての自分」を前提にして依頼される仕事は、たとえクライアント企業様からのご依頼だとしても「アーティストとしての変わった発想」を期待されるものが多く、自分らしさや本質をあまり滅殺せずに楽しく無理なく働けることがわかりました。

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↑なお、この案件もやはり独立エントリがきっかけ……独立エントリ強い。


仕事の対価はお金だけではなく、人脈、広報効果や栄誉・実績、精神的な満足や好奇心が満たされるか、次なる仕事が広がるか……などいろいろな尺度がありますが、自分の本質にあったお仕事をしているとそれらがバランスよく展開していく感覚がありました。

また意外なことに、自分が快適に働けるジャンルの仕事の方が案外規模の大きい案件も受注しやすく、社会の第一線で活躍している方と出会えるチャンスが多いことも徐々にわかっていきました。
いろいろな仕事をした果てに、「どうやら『アーティスト』として世間で仕事をした方が自分は生きやすいらしい」と実感として認識し、痛いと思われようが腹をくくって「アーティスト」を名乗って仕事をするようになってから気付けば4年ぐらい経過してたのが今です。今でも日々のお仕事は刺激があって楽しく、無理がないです。こういう「無理のない業態」「カチっとはまる分野」というのは、本当に人それぞれ違うオリジナルなものだと思います。

マンネリからの脱出

とはいえ好きな仕事も長年やってると多少はマンネリ化してくるもの。次第に「業界のルールや暗黙の掟」のようなものがわかってくるにつれて勝手に自分に無意識の制約を課してしまうことが増えていった時期もあったのですが、「勝手にやる・自由にやる・新規分野にどんどん参入する」という行動原理にしてから、働くのが楽しくなっていきました。

↑報道番組のコメンテーターとしてのご依頼を思い切って受けてみたり……

↑これはさすがに身に余るのでは……というお仕事も、腹をくくってお受けしました。

特に今はコロナの影響で既存の仕事がそのままでは立ち行かなくなっていることも多いのですが、逆に言うと「マンネリ、惰性で続いていたこと、暗黙のルール」が強制的にリセットされることも多く、結果的に最近はまた新鮮な気持ちで働くことができるようになっています。

というわけで、独立してからの仕事の流れをこの節目にまとめてみました。自営業者の数だけ、いろいろなストーリーがあると思うので、皆さんの試行錯誤もぜひ伺ってみたいです!良い自営業ライフを……!!


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市原えつこ(メディアアーティスト)

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メディアアーティスト、妄想インベンター。弔いロボや喘ぐ大根、仮想通貨奉納祭など謎の発明品多数💡文化庁メディア芸術祭優秀賞、アルスエレクトロニカ栄誉賞、総務省異能など。 日本経済新聞COMEMOキーオピニオンリーダー http://etsuko-ichihara.com/