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漫画家志望から起業へ(後編)

漫画家を断念してから、医療VRベンチャーの役員となり、医療やヘルスケア関連の社団法人の理事をしています。しかし、自分の中では、変わらないものがあります。「 #あなたが変身した話」というテーマがありました。自分の仕事の変遷を振り返りつつ、「好きなことを仕事にする」ということについて、考えてみたいと思います。

4:プランナー

「今はない世界、未来を想像することが好き」「ゲームが好き」「インターネットに可能性を感じる」そんなことを言い、自分が作ってきたものを見せたり伝えたりしていると、人づてにお仕事をいただくことが続き、そのご縁で食べることができました。前編でも書きましたが、コンテンツプロデューサーとしてのお仕事をいただいたのも、そうでした。ゲームを作る機会もありました。企画者のひとりとして、シナリオを書き、ゲームシステムに深く関わる機会を得ました。

コンサルティングチームに、リーディングライターとして参加させていただく機会も増えていました。とくに新しいプロダクトやサービスを生み出す企画段階のチームに呼ばれることが多く、「今はない世界を描く」という部分に関わらせてもらえました。

この頃は、プランナーと呼ばれることも多くありました。こんな風になったらいいのに、という未来をプランニングする動きをしていたからだと思います。

5:事業創出

2008年。その数年前から、新しい時代の通信デバイスを構想するプロジェクトに参加させてもらっていた流れもあって、iPhone発売を機にソフトバンクの子会社を作ることになりました。そのCOOとして、関わらせてもらうことになりました。

組織、というものをつくったことがありませんでした。ずっと個人事業主で、やってきていました。チームに参加することは、たくさんありました。様々な現場の様々な人たちがつくるチームに、ひょいひょい気軽に参加してきました。その身軽さは、自分の得意技でもありました。しかし、チームを自分で動かすということは、やったことがなかったのです。

当時のメンバーには、本当に迷惑をかけました。「自分の方が、COOとして、よりうまくやれるから変われ」と詰め寄られたこともありました。毎日毎日が、よくわからないことでいっぱいでした。

その中で、もがきながらも、「誰でもがアプリをつくることのできるプラットフォーム」を構築できました。コンテンツを持っている人がウェブからそれをアップロードすれば任意のテンプレートプログラムと合わせて自動的にアプリができる、という仕組みでした。のちに、企画力があるけれどコンテンツを持っていないという人でもアプリを作ることができるようにと、FlickrのAPIでCC/BYのライセンスの写真などを読み込み、本当に誰でも無料でアプリをつくり、レベニューシェアで販売するという仕組みに仕上げました。創業当初から、毎月10本のアプリを作っていたのですが、当時はアプリ内課金の仕組みもなく、事業計画の10%しか売上がありませんでした。そこで、コストを据え置き、生産量を10倍にしよう、ということになり、上記の仕組みを構築し、月産100本体制を実現しました。

これが、自分の中で、様々なものが組み合わさるきっかけだったように思えます。「今ない世界を想い描く」「未来を想い描く」それを、現実の世界の中でやる、ということ。

そこから、精力的に動くことができるようになってきました。日本のアップルのリテールと一緒に企画講座を毎週銀座のアプルストア5Fで開催し、毎月3Fシアターでイベントを開催するなど盛り上げる活動も行いました。自社事業を通して、世界を変えていくことができる、という手応えを感じていました。このサービス自体は、米国アップル本社からテンプレートプログラムの展開は却下するという指導が入り、サービスを閉じることとなりました。その後も、ソーシャルリーディングのプラットフォームをつくるなど、いくつか事業を進めましたが、当時の代表がMBOしたため、僕は同社から離れました。

この会社の立ち上げと運営は、本当に苦しく、もがきつづけた数年間でした。コンテンツをつくるのでも、コンテンツをつくってもらうのでもない。事業そのものを作り出していく、という未知の仕事だったからです。しかし、「今ない世界を想像し、それを実現できる」という体験は、僕にとって大きな変化のきっかけとなりました。

6:起業

その後、ホオバルという会社を妻とつくりました。閉塞感のない社会をつくりたいという想いから「今日できないことができる明日をつくる」ということを理念にしています。「閉塞感」とは、「今日できないことは、一生できない」「今日できることも、いずれできなくなっていく」ということだと思います。その逆は、「今日できないことも、できる明日がくる」と信じられることだと思うのです。具体的には、「誰かと手を組む」「道具を活用する」「学び続ける」の3つがあれば、きっと閉塞感のない日々を送ることができると思うのです。ホオバルは、この未来を作ろうという動きを、食・健康・教育・育児などの領域の新規事業を立ち上げようとする企業などとコラボレーションしたりコンサルテーションしたりして、たくさんのサービスを生み出す動きをしています。現在は、代表の野上優佳子を中心に、環境負荷の少ない新素材を用いたプロダクト開発にも着手しています。

ブリーフセラピー(短期療法)という心理療法があります。ベトナム帰還兵が課題行動を起こし社会問題化していた頃に、課題解決法として重用されたりしました。人の心を解釈するのではなく、関係性をシステムとしてとらえ、システムに変化を与えることで課題行動を起こさなくしよう、という心理療法です。システムはバグがあると全体として動かなくなります。同じように、コミュニケーションシステムのどこかを切ることで、全体のコミュニケーションが代わり、課題行動自体が変化します。こうした、行動変容に特化した心理臨床の手法は、これから人ならざるもの(ロボットなど)とコミュニケーションする時代において、とても大切だと考えています。

実際、この手法をベースにした子育て夫婦のコミュニケーション支援アプリをリリースし、その事例を2015年ごろの学会で発表させてもらいました。その頃に、テクノロジーと心理学の連携について学会内で仲間が生まれ、いまも様々な連携をしています。

この心理学の仲間のひとりが、ロボット開発者と出会い、ロボットと心理学の勉強会を立ち上げるということで、その心理学側のメンバーをバックアップしながら参加した会で、新しい出会いが広がりました。その出会いが、現在している医療VRベンチャーであるHoloeyesへ役員として参画につながりました。そのベンチャーでの仕事で、医療の領域に深く関わることになり、医療機器メーカーとして活動することになりました。

7:フィクションをノンフィクションに

今ない世界を想像すること。それを、フィクションとして描くこと。それが、漫画家を目指していた頃からライターとして活動していた自分がやってきたことでした。今は、と考えると。フィクションを想い描くところは、変わっていないのだと思います。未来に想いを巡らし、こうなったらいいな、こんな世界があったらいいな、とわくわくすること。それが、本当に、大好きです。

もともと、漫画というフィクションを作りたかった僕は、実際の事業に関わるようになりました。「未来をフィクションとして描き、それをノンフィクション(現実)にすること」を、事業ととらえています。そうとらえると、アウトプットする素材は絵から文字、さらには世の中にある様々な物事に変わってきましたが、自分がワクワクできるポイントは手放していないことに気づきました。

8:「好きなことをやる」の、好きって何?

以前、好きは行動ではなくて状態である、というようなことを趣旨に寄稿したことがあります。

大きく変わってきた自分と、変わらないものがあります。好きを探すのは大切だけれど、それは何をするかではなくて、どんな状態が好きかを自分に問いかけることが大切で、その状態が得られるならば、何をやってもいい。自分が好きだと思える状態を得られるならば、時代や状況とともに、具体的な活動はどんどん変わっていけばいい。そんな風に、常に自分の活動についても模索し続けています。5年後に何をやっているかはわからないけれど、きっと、「今日できないことができる明日」を信じられる状態にいるんじゃないかと思うのです。また、そうありたいと思っています。

僕の経験をざっくりまとめてみました。どこかで誰かのなにかのお役に、少しでもたてることがあれば嬉しいです。

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