広がる信託SOの波紋、渦中のスタートアップ経営者は何を思うか
こんにちは、株式会社ログラスの布川です。
ついに国会答弁から波紋が広がっていた「信託型ストックオプション(以下、信託SO)」に関する日本経済新聞からの記事が発出されました。
今回は、信託SOについてあまり実態を詳しく理解できていない方にも理解して頂ける平易な説明とともに、スタートアップ側の視点から見た信託SOが何故重要だったのか?今後どう対応しなくてはならないのか?について記述します。
※本記事では政府、官公庁、信託SOベンダー各社、スタートアップいずれかの立場を批判するものではありません。
※尚、専門的な内容については以下の説明会にて詳細が話される予定となっており、あくまで本投稿は当該説明会実施前における情報から記述していることを予めご了承下さい。関係者の方はぜひご参加頂けると良いかと思います。
改めて信託SOは何故ここまで広がったのか?
通常のSO(税制適格SO)と信託SOの比較
通用のSOとは、税制適格の無償SOを想定して記載しています。
まず、信託SOの大きな特徴は、行使価格を低い水準に抑え、株価が上昇したレイターのタイミングでジョインした方にも低い行使価格のSOを配ることができるという点にあります。以下がわかりやすい図解となっています。
税制適格SOの課題
スタートアップ経営の観点からみた税制適格SOの問題点は大きく4つであると私は考えます。
レイターになるほど権利行使価格が高いので、利益幅が相対的に小さい
税制適格の観点で、権利行使の総額が年間1,200万円を超えてはならないため、全てのSO行使に複数年かかることがある
入社時や特定のタイミングで一括でSOを付与することになるので、活躍や評価に応じた公平なSO付与が構造的に難しい
活躍しなくなってしまった人に不当に付与されたように見えるリスクが出る等の弊害
近年のIPO市場では機関投資家の投資意欲も減退していることが証券会社からも報告されている中で、長期間未上場で事業成長を目指すスタートアップが増加することが想像されます。
加えて、日本の未上場の資金調達環境は以下の図の通り非常に改善されてきており、これも未上場期間が伸びていく要因となります。
未上場で事業成長を目指し続けるスタートアップが増加するということは、それだけ未上場ではありつつ大きな組織規模を経験したハイレベル人材をSO等の武器で魅力づけして採用していくことが求められます。当然、上場企業と比較すれば社会的な知名度も信頼もまだないのがスタートアップですので、相応の対価を用意しなければ採用市場で戦うことはできません。
SOというのは、スタートアップに与えられた最強の採用武器です。しかし、税制適格SOはレイターステージになればなるほどキャピタルゲインが少なくなっていく構造にあるため、魅力が限定的になってしまうのです。
スタートアップ側の対策としては、レイターステージにジョインする経営人材には、SO付与個数を多めにすることで、トータルのキャピタルゲインを担保するという方法があると思います。しかしながら、付与個数を増やすということは希薄化率が上がるということであり、長期的に経営することが求められる創業者や既存株主の持ち分比率が下がってしまうというデメリットが存在します。
また、初期のキャピタルゲインが多く得られる時期=何も確立していない時期に完璧な資本政策を想定しきることは不可能です。スタートアップは1年単位で大きくステージが変わるため、誰に・何個・いつのタイミングでSOを付与するかを決定することは極めて難しい意思決定になります。税制適格SOの運用上の難しさは様々ですが、この点も経営者から見ると大きな課題でした。
この課題に信託SOは適切な解としてスタートアップ側からは受け入れられていったことが、ここまで信託SOが広まった背景になります。
信託SOの歴史と論点
そこで考案されたのが信託SOであり、2014年に松田先生が考案し、現在約800社の主にスタートアップ企業が利用しているスキームとなっています。
しかし、このスキームには従来から税務観点でグレーではないか?という議論がなされており、一部のスタートアップでは導入を見送るケースもありました。
これまでの企業側の信託SOの税務上の取り扱いは以下のような理解だったと認識しています。
しかしながら、税務的にグレーであるという議論が各所で行われていたことも事実であり、常に国税から税制非適格であると断定されるリスクをはらんでいたと言えます。
そして今回のQ&Aへ
そして時は令和5年2月20日、衆議院の予算員会第三分科会において、土田慎議員が信託SOの税務上の取扱いについて質問したところ、国税庁次長から、以下のように、国税庁としては、新株予約権を行使した時の給与所得に該当するものと考えている旨の回答がなされました。
ストックオプションを行使した日の属する年分の給与所得と取り扱っている。信託にストックオプションを付与していることから、役員等の給与所得として課税されないのではないかとの見解があることは承知しておりますが、その信託型ストックオプションが役員等への付与を目的としたものである場合には、実質的に役員等に付与したと認められると考えられますことから、国税庁といたしましては、ストックオプションを行使した日の属する年分の給与所得に該当する。
上記の解釈についてはまだ明確にはなりきっていないため、繰り返しですが以下の説明会に参加されることで、解釈をより深めることができると考えます。
とはいえ、国税の回答を素直に解釈すれば、税制適格SOであれば株式譲渡利益つまり譲渡所得への課税として約20%の課税で対応できる所が、総合課税として給与と合算された課税となる場合は最大で55%の課税がなされるという理解になります。
当然、スタートアップ側の役職員としては大きなリターンを得る未来を描いてSOを付与されている訳ですから、血と汗の結晶である経済リターンの55%を税金として納めるというのは中々受け入れがたい現実である訳です。
さらに、今回の日本経済新聞の記事によれば、
と記述されております。読み方次第ではありますが、
追徴課税
企業の大幅コスト増
の可能性を考慮する必要があると推察されます。
上記の点は非常に大きな論点であり、現時点で過去の信託SO行使分への遡及による課税がなされるかについては明らかになっていません。
一方で、本見解が公表されることによって、何かしらの経過措置がない場合は、おしなべてスタートアップ企業側の給与課税にかかるコスト負担は大幅に増加するという点は自明になりました。
渦中のスタートアップ経営者として何を思うか
私が経営する株式会社ログラスでも、信託SOを導入しております。一定の税務的なグレーゾーンが残されていることは認知した上で導入を意思決定しました。この意思決定自体への後悔はありません。
スタートアップ経営者は、信託SOを組成するためにポケットマネーで非常に大きな金額を支払うケースが多いです。信託の仕組みの都合上、会社のお金ではなく、自分の口座から、信託SO組成に必要な金額を支払う必要があるのです。私の場合は数百万円でしたが、知り合いの経営者では数千万円を借金をして導入した会社もあると聞いています。
会社を創業するというリスクだけでなく、自分の貯金までも投資してまで得たいリターンは、ただただ自分の会社の役社員のリターンを最大化したいという想いだけです。創業者や大株主はこの信託SOの付与対象にはできないのです。
しかし、今回のQ&Aで信託SOが税制非適格となることはほぼ確定となるでしょう。経営者としては、この厳しい現実を直視するしかありません。幸い、ログラスはまだシリーズが若いスタートアップですので、税制適格SOへの切り替えも十分間に合うフェーズですので、29日の説明会の内容を踏まえて適切に資本政策の維持・転換を図る予定です。
最後に想いだけ述べて、この記事を締めくくりたいと思います。
スタートアップ経営者、従業員、投資家は日本の未来、社会の未来、テクノロジーの未来のために日々、自分の大切な時間を途轍も無い努力とともに使い続けています。SOによる経済リターンはその先にあるギフトのようなものでしかないかも知れません。しかし、そうした社会のエンジンたる「情熱を持った人材」が得た経済リターンは、また社会の拡大に使われて新たなスタートアップを生み出すことでしょう。私は、そんな社会のエンジンにもっと燃料が投下される仕組みを作ることが何よりも大事であると考えています。信託SOの見解については中立的です。企業側、国税庁側どちらの見解もとても良く理解できます。ですので、今回の決定は変わらないとしても、既存の税制適格SOの規制緩和等も含めて、ぜひ前向きに国の未来を創っていけたらいいなと思っています。
まだまだ小さな会社の一経営者ではありますが、少しでも多くの人にこの話題に興味を持ってもらえたら嬉しいなと思います。
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株式会社ログラス
代表取締役CEO
布川友也