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アフター・メルケル時代に突入する欧州【引退まで1か月】

春先の勢いを失った環境政党
ドイツ連邦議会選挙(9月26日)があと約1か月に迫ってきました。日本でも関連報道がちらほら増えてきています:

選挙結果はどうあれ、2005年11月以降、16年間も続いたメルケル政権はこれで幕引きとなります。過去1年半のコロナ禍を振り返れば、危機に滅法強いと言われたメルケル政権もさすがに浮沈を経験しました。昨春、世界がコロナ禍に怯える中、科学者としての顔も覗かせながら感染第一波の抑制に尽力したメルケル首相の立ち回りは高い評価を受け、与党・キリスト教民主同盟(CDU)および姉妹政党であるキリスト教社会同盟(CSU)も高い支持率を得ました。しかし、昨秋から年明けにかけて到来した感染第二波から第三波では与党議員のマスク不正調達スキャンダルや英米対比で出遅れるワクチン接種が嫌気され、そうした状況で展開される行動制限も与党離れを招くということもありました。元より、2015年9月の欧州難民危機からCDU/CSUの支持率低下は顕著でしたが、その低下した分がコロナ対応で復元したところ、結局は1年かけてそれが剥落するという「往って来い」の軌道を描いています。CDU/CSUからすれば残念な展開かもしれませんが、「コロナ禍でも支持率が大きく落ちることはなかった」と考えれば前向きな話です。

そうした政府・与党の失策が影響する格好で支持率が低下した部分もある一方、今や「環境」というシングルイシューがドイツ国内外で勢いを持つこともあり、環境政党である同盟90/緑の党がCDU/CSUの支持率を削り落とすという動きも春先まではありました。図表に示すように、今年5月上旬~中旬にかけてはCDU/CSUと支持率が逆転するという動きも見られ、当時は環境政党からドイツの首相が誕生する可能性も取りざたされたくらいです:

しかし、同党の共同党首であるベアボッグ氏に学歴詐称や著作における盗用疑惑などが立て続けに浮上して以降、支持率ははっきりピークアウトしており、後述するように、第二党の座も中道左派・社会民主党(SPD)に奪われそうな雰囲気です。また、現在のような有事に対処する能力に関し同盟90/緑の党がCDU/CSUに遠く及ばないという点も周知の事実なのでしょう。懸案だったワクチン接種率も気づけば米国(59.47%)を超え62.87%を記録しています(ともに8月16日時点)。感染状況の落ち着きを受け、「何だかんだ言ってもCDU/CSU」というムードも漂います。環境問題はEUとしての重要課題であるものの、公衆衛生の有事が続く中では「環境問題は二の次」というのが有権者の本音と察します。それは当然の思考回路です

SPD復調で三つ巴状態に
かくして選挙本番まで1か月に迫った今、infratest dimap調べによる政党支持率(8月20日調査時点)はCDU/CSUが23%に対し同盟90/緑の党は17%と6%ポイント程度の差がついています。今年5月6日調査時点ではCDU/CSUの23%に対し、同盟90/緑の党は26%と逆転していたことを思えば、形勢はCDU/CSUに傾いたと言わざるを得ません。しかし、最後まで予断は許さない状況です。7月中旬に発生したドイツ西部における大規模洪水災害において、同月17日に被災地を訪問したCDU党首兼ノルトラインウェストファーレン州首相であるラシェット氏が周囲の関係者と談笑している姿が「不謹慎だ」として批判を浴びるという事案が注目されました。7月下旬には30%に届こうとしていたCDU/CSUに対する支持率が頭打ちになっているのはこれが原因です:

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もっとも、それで同盟90/緑の党への支持が復活しているわけではありません。本稿執筆時点で最も勢いがあるのはCDU/CSUでも同盟90/緑の党でもなく、大連立の一角を担いながら近年、存在感が全く冴えなかったSPDです。SPDへの政党支持率は年初の14%から足許では21%まで上昇しており、同盟90/緑の党を逆転している。SPDが同盟90/緑の党を上回る状況は2018年9月以来、実に3年ぶりです。なお、infratest dimapではない別の調査会社の世論調査ではSPDがついにCDU/CSUを追い抜いたという報道も出てきました:


まとめると、infratest dimap調べを元にすれば、現状では17~23%の間にCDU/CSU、同盟90/緑の党、SPDがひしめく三つ巴状態であり、「いずれの党も単独過半数は難しい」という構図にあります

連立の組み合わせは多種多様、懸念される政治空白
SPDとCDU/CSUの大連立継続は経済・社会面への変化が最も穏当なものですが、かねてよりCDU/CSUと組むことでアイデンティティが埋没することをSPDは懸念しており、実際、この16年はその懸念が当たっていたと言わざるを得ません。だからこそ、現在の大連立がまとまるにも約半年間という政治空白が必要になったのです。今回、大連立継続が決断されるにしても、再び長期間の政治空白が出現する可能性は十分あるでしょう。

CDU/CSUの連立相手としてSPDが使えないとすると、同盟90/緑の党も候補に挙がります。この2党で過半数に届かない場合、リベラル政党である自由民主党(FDP)が加わることも想定されますが、同盟90/緑の党のような経済成長に重きを置かない政党がFDPと合意形成を図るのは容易ではないでしょう。「CDU/CSU+SPD」の連立同様、「CDU/CSU+同盟90/緑の党+FDP」も難易度が高い連立組み合わせです。

なお、三つ巴が続いているということはSPDと同盟90/緑の党、そしてFDPが連立することでCDU/CSUを下野させる可能性も残ります。現在の第4次メルケル政権は2017年9月の総選挙から約半年の政治空白を経て誕生しました。CDU/CSUという伝統的な2大政党が存在感を低下させたことで選挙が終わっても政権発足に手間取ることが慣例化しつつあり、今回もそうなる可能性が非常に高そうに見えます。

欧州の未来を問う選挙
ドイツの経済・社会にとって最もショックが大きいのは上述した「CDU/SPDの下野」のシナリオでしょう。メルケル首相率いるドイツはEU首脳会議を実質的に仕切っていました。メルケル退場と「CDU/SPDの下野」が重なれば、ドイツの発言力は低下する公算が大きく、それは必要なEU改革の意思決定を遅延させるはずです(メルケル首相が居ても遅延は常態化していたのですから)。誰も仕切れなくなった大所帯が迷走すること。それにより必要な施策が進まなくなること。それは当面のEUが抱える政治的懸念に思えます

欧州経済を見る観点からすれば、「CDU/SPDの下野」も多少前向きな要素を孕むかもしれない。というのも、SPDや同盟90/緑の党など、左派色が強い勢力が政権を奪取することで緊縮財政を崇め奉るドイツの経済政策が変わる1つの転機になる可能性もあるからです。政権末期で直面したコロナ禍においてメルケル政権は何かとEUのために身を切る立ち回り(復興基金の合意形成など)に尽力することになりましたが、その任期の殆どを「嫌われ者」として過ごしたことは周知の通りです(もちろん、それは時に必要な役回りでもありました)。

アフター・メルケル時代を担うことになる次期政権はそうしたイメージを挽回し、EUの統合・深化にも大きな責任を負うドイツに再生できるかが期待されます。その意味で今回の総選挙は「欧州の未来」を決めるイベントとして注目できるものでもあります。


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