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暗号資産とヒロイズムと自己陶酔

エルサルバドルのブケレ大統領は6月9日、暗号資産であるビットコインを同国の法定通貨とする方針を発表し、これが決定されました。

これに関する詳しい論考は以下のコラムで議論させて頂いているのですが、ここでも思うところを書いておきたいと思います:

このコラム中にも触れているのですが、やはり暗号資産などを推したい人々はその熱意や創意には感服するところもありながら、足許を理解する努力が不足しているように思います。これはフィンテックを推したい人々に間々感じるところでもあるのですが、例えば銀行間送金をフィンテック企業にも解放するという話がありました:

記事中には以下のような記述がありました:

焦点は接続するための条件だ。銀行側は国内決済の基幹インフラである全銀システムに接続するためには、資本金や内部管理態勢などで高い要件を満たす必要があるとの立場だ。振り込み元となる預金口座は銀行がコストをかけて本人確認したり、マネーロンダリング(資金洗浄)対策を実施したりしている。銀行界には「ただ乗りは許さない」(メガバンク幹部)との思いが強い。

「ただ乗りは許さない」。これは的を射た箇所だと私は思っています。そもそも銀行システム自体、社会全体でコストをかけて頑健性を確保してきたものであって、(もちろん改善すべき余地があることは認めたとしても)意地悪で参入障壁を高くしているわけではないでしょう。記事中には「条件が厳し過ぎれば開放は形骸化する。フィンテック側の負担を抑えつつ、全銀システムの安全性を維持できる道はあるのか」とありますが、そもそも安全性を担保するから厳しくしているはずで、新しいプレイヤーには易しいルールに変えるというのはおかしな話です。もちろん、フィンテック企業参入により、効率的な方向に変わる余地・期待もあるのでしょうから、そういう動きを全否定するわけではないですが、守られるルールは基本的に変わらないはずです。いや、変わってはならないでしょう。

暗号資産に厳しい意見をすると直ぐに「銀行が困るからだ」とか、「新しいものを見ていない」といった類のご批判が来ますが、事実を指摘したまでであり、特に銀行界を代表するとかそういう気持ちは(少なくとも私には)ありません。フラットに見て、暗号資産が法定通貨の世界に入ってくるのは全然遠いな、と感じているだけです。例えば、エルサルバドルの一件でも大統領はドルとの兌換を保証しているそうですが、あれほどボラの大きな資産に関してドル兌換を保証する力が同国政府にあるのでしょうか。ちなみに今の外準は30億ドルちょっとしかないようですが、これでビットコインを同国経済活動の軸に取り入れ、ドルとの完全兌換を保証できるんでしょうか。

リブラ(現ディエム)の際もそうでした。「銀行預金が漏出して銀行部門が破綻する」かのような論調が流行りましたが、そもそもリブラ協会自体(この協会の名前や細かな仕様がどうなったのかは知りませんがとりあえず19年当時)がどこかに銀行預金を持ってリブラと法定通貨との交換を保証しなければならないわけですから、世界的に見れば銀行預金の総量はフラットになるはずです。この際、問題になるのは預金偏在であって預金枯渇ではないのですが、リブラが出てきた当初は預金枯渇がやけに騒がれていたと記憶します。最近は中銀の直接型デジタル通貨で預金が漏出するという話もありますが、それは中銀がどうやって効率的なオペをやってインタバンクの資金需給を均すのかという問題であって、これはこれで大きな問題なのですが、「銀行部門破綻!」という恒例の論調は全然ポイントレスです。結局、実体経済・市場・中央銀行を繋ぐ資金循環が理解されていないのだと思います。正直、それを理解すること自体がマニアックなので理解されていないことは普通だと思いますが、「知らないことを知っている」というのと、「知らないことすら知らない」は全然違います。後者は単に恥ずかしいだけです。

上記のような例は挙げれば枚挙に暇がありません。

そういう基礎的な経済・金融知識もないのに未来や改革を語るのは恥であるという概念すら持てない人が暗号資産に諸手を挙げて支持している雰囲気が強いことには、せっかくの技術が無駄に終わりそうだなという危機感というかもったいなさを覚えます。いつの時代も「反体制」や「反権力」というコンセプトにヒロイズムを覚え、自己陶酔する向きはあるように思いますが、今の暗号資産界隈はそれに類似したムードを感じます(もちろんしっかりされている方も沢山いるのは承知していますのであしからず)。



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