ロシア富裕層の「制裁逃れ」にビットコインが悪用されているという話で考える、人間社会の脆弱さ
「ウェブ3」と呼ばれるバズワードは、GAFAのようなビッグテックによって独占支配されてしまったインターネットを解放し、ネット草創期のような自律分散的なものへと復興していく動きとして捉えられています。
しかしこれは現実として可能なのでしょうか。
ネット界が小さかったころは「自律分散」だった
インターネットがまだ小さな世界であったころは、「アンチ中央集権」も成立することができました。1990年代はじめごろの初期のネットは、利用者の多くがエンジニアや研究者だったこともあって、技術的な知識や見解もある程度は共有され、だからフラットに意見交換することができたのです。社員数十人ぐらいまでのスタートアップ企業がフラットな組織形態を持てるのと同じです。
しかし社員が数百人、数千人にもなるとフラットな組織形態を維持するのは困難になり、仕事を調整し人材を育成する管理職が必要になってくるのと同じように、ネット世界が巨大になり玉石混淆の多数の人が参入してくれば、公正さを保つための仲介人や管理者がどうしても必要になってくるでしょう。
自律分散なツイッターがあったとしたら
ツイッターで考えてみましょう。いまのツイッターはツイッター社が運営し、誹謗中傷などのひどい投稿については(かなり不十分な対応だとは言われつつも)削除やアカウント停止などの処分が行われています。もしウェブ3によって投稿がブロックチェーンで記録され、投稿はユニークなIDに紐付けされるけれどもどこの誰かはわからず、自律分散的に管理や仲介も行われない「ツイッター3」が登場してきたらどうなるでしょう。今よりもさらに「無政府状態」になってしまう危険性は否定できないのではないでしょうか。
ロシアのウクライナ侵攻で、日米欧はロシアに対して強い経済制裁を行っています。ロシアの通貨ルーブルは暴落し、国外の銀行にオリガルヒ(ロシアの新興財閥)が保有していた財産なども差し押さえられるなかで、手持ちの資産をビットコインやイーサリアムに変える動きが起きているようです。
「暗号資産はビットコインやイーサリアムが代表的だ。ラガルド総裁は暗号資産の交換や取引を進める業者について、制裁回避の『共犯者』という強い表現で警告した。当局の規制が及びにくい暗号資産への警戒をあらわにした」
暗号資産は侵略国家への経済制裁を形骸化する
暗号資産の国際的な移動を止めるのは難しく、ビットコインやイーサリアムが広く一般的に使われるようになれば、侵略国家に対する経済制裁そのものが形骸化してしまう可能性があります。
ブルームバーグの記事でも、こう指摘されています。「銀行を使うことのできない個人・組織同士が取引したければ、ビットコインを利用することで取引が可能になる。制裁で自分の口座が凍結されるのではないかと心配している資産家は、単に自分の富をビットコインで保持すれば制裁をかわすことができる」
ブロックチェーンに基づいたウェブ3は「自律分散型の世界をつくる」と言われていますが、このような「自律分散」「アンチ中央集権」は、「無政府状態」と紙一重でもあることは認識しておいた方がいいと思います。
GAFAももともとは「自律分散」を目指していた
インターネットの歴史をふりかえれば、2000年代なかばの潮流「ウェブ2.0」も、それまでの新聞やテレビによるメディアの垂直統合を破壊し、水平分離し、情報を民主化し世界をフラットなものにしていこうというスローガンでした。しかし気がつけば、水平分離のための土台であるプラットフォームが巨大化し、AIによって再び垂直統合されていき、またも「中央集権」に戻ってしまったのです。
それはプラットフォームを運営するビッグテックが「闇落ち」したというよりは、人間社会の宿命なのではないかと思うこともあります。つねに暴走しやすい人間社会を制御するのには管理者が必要であり、制御はつねに中央集権をもたらしてしまう。
かといってコントロールがなければ、人間の社会は容易に無政府状態に戻ってしまうのです。「中央集権を破壊し解き放て」というのは聞こえがいいけれども、それは「無政府状態」を生み出し社会を暴走させてしまう危険があるということを私たちは念頭に置いておかなければならない。それほどに人間というものはひ弱なものなのです。