見出し画像

『リモートワーク生産性』と『ピア効果≒同僚囲まれ効果』の因果関係への考察

 新型コロナの影響もあり、企業によるリモートワーク移行が更に加速しつつあります。しかし、業種や企業形態で、その移行度合いは千差万別です。例えば、下記記事にあるように「カゴメ」は、生産性の低下を懸念して、週一回の出社を必須にしました。また、伊藤忠も生産性の低下への懸念から、段階的に出社に戻していくようです。各社、様々な狙いがあると思いますし、社内で議論を重ねた結果だと思います。

 しかし、こうした大手の動向を闇雲に真似して、一律に経験則から出社が大切とするのでなく、大事なのは「なぜ、リアル出社と生産性には因果関係があるのか? どんな場合だとリモートワークが機能しやすいのか、また機能しにくいのか?」のメカニズムや効果検証を、会社内で行う姿勢は、従業員の満足度や生産性を高める試行錯誤でしょう。では、同僚や従業員に囲まれていることと、生産性にはどんなメカニズムが存在するのでしょうか?私は、その1つに「ピア効果」が関係していると考えています。

*ピア効果とは? 

 ピア効果とは、(外山・伊藤・田端・石川・中室: 2017)は下記のように定義しています。経済学では、自分の意思決定は自分で定めるという前提の考察が多いですが、他社の行動が自分の意思決定に影響を及ぼす(外部性)ことがあり、その1つがピア効果です。例えば、優秀な同僚の仕事への姿勢から、刺激を受けて自分の生産性が上がるなどです。また優秀な同僚と対面で議論をすることも、生産性や創造性にも影響を受けることが考えられます。その他、同僚から職場内で見られることで、緊張感から頑張るなども考えられるでしょう。

多くの⼈が、実際に⾝近な友⼈の⾏動や習慣、考え⽅などに影響を受けているという実感を持っているだろう。これを、経済学では「ピア効果」(Peer effect)と呼び、ある個⼈が周囲の⼈々から受ける影響のことを⾔う。経済学では、ピア効果は、周囲の経済主体の社会経済的背景、⾏動、成果などによる「外部性」であると定義している。

 このように、ピア効果は多種多様なタイプが存在します。しかし、ザックリと区別すると、ピア効果には主に2種類が存在します。Waldinger (2012)では、①同僚との協業や意見交換が生産性に影響を与えうる”ピア効果”、②同僚に見られていることプレッシャーから生産性に影響する”ピア効果”(ピアプレッシャー)、です。そして、リモートワークに移行すれば生産性が落ちるかもと懸念するのは、オンラインだと①と②のピア効果が落ちること危惧することでしょう。

*「ピア効果」は、常に生産性を改善させるのか? 

 しかし、職種によっては、生産性とピア効果に因果関係は存在しないと、報告する研究も存在しますそれは、下記の研究です。この研究では、ピア効果と生産性の因果関係を正しく推定するのに立ちはだかる壁を、ある特殊なイベントを用いて解決して検証しています。

 というのも、ピア効果を推定しようにも、生産性が元々高い優秀な人材は、優秀な人材が多くいる企業や職場を選択しているだけで、生産性の高い人物同士が類は友を呼ぶとばかりに集まっている可能性や、企業が生産性の高い人物ばかりを選んで集めているだけという、セレクションバイアスが存在するからです。これでは、単に組織の従業員獲得能力や、優秀な人材が集まったことによる生産性への影響であり、純粋なピア効果による生産性への影響ではありません。ここでは、そうしたセレクションバイアスを考慮して、ピア効果による、生産性への影響を検証しています。その推定の秀逸さから、この論文は経済学分野で世界TOP5に入るような学術雑誌に掲載されています。

Fabian Waldinger, (2012), "Peer Effects in Science: Evidence from the Dismissal of Scientists in Nazi Germany", The Review of Economic Studies, Volume 79, Issue 2, April 2012, Pages 838–861,

https://academic.oup.com/restud/article/79/2/838/1530125


*どういう時に「ピア効果」と生産性に因果関係が出ないのか?

 この論文では、理化学系の学術研究者を対象にピア効果を推定しました。ここでは、ピア効果は無いという結果ですした。理由は、そもそも、ここで対象にされた研究者は、ある程度のポジションを確立した研究者で、優秀なピア=同僚がいなくても、自分で仕事が出来ること。更には、単体で仕事が完了できる研究者だから等が考えられます。つまり、優秀な人や目的が明確な仕事においてはピアの影響間手関係なく、成果をだせるのかもしれません。しかし、別の研究では、優秀な研究者が抜けると、確立した研究者の生産性には影響がなくても、大学院生という修行中の研究者の生産性には影響が出ると報告しています。

 ここから得られる示唆は、ポジションや仕事が確立された、または単体で仕事が完了できるビジネスパーソンはリモートワークへの移行は比較的推奨されやすい。一方で、若手のビジネスパーソンには、リモートワークでも同僚や上司とのコミュニケーションを増やして、リモートワークでもピア効果が生まれやす工夫が必要ということだと思います。

 私は、この研究は、闇雲にピア効果を期待して出社の方が生産性が良いからという風潮に、一石を投じる物だと思います。やはり、工夫と効果検証は、これからの働き方には必須のように感じます。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

応援いつもありがとうございます!

崔真淑(さいますみ)


(冒頭のイラストは崔真淑著『30年分の経済ニュースが1時間で学べる』(大和書房)より抜粋。無断転載はお控えくださいね♪)

*参考文献

Fabian Waldinger, (2012), "Peer Effects in Science: Evidence from the Dismissal of Scientists in Nazi Germany", The Review of Economic Studies, Volume 79, Issue 2, April 2012, Pages 838–861,

外山 理沙子 , 伊藤 寛武 , 田端 紳, 石川 善樹 , 中室 牧子, 2017, "負のピア効果
―クラスメイトの学力が高くなると生徒の学力は下がるのか?―"RIETI Discussion Paper Series 17-J-024

コラムは基本は無料開示しておりますが、皆様からのサポートは、コラムのベースになるデータ購入コストに充てております。ご支援に感謝です!