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正常化軌道にとどまるECBの金融政策

ラガルドECB総裁のこのところの発言には、タカ派的なニュアンスとハト派的なニュアンスの両方が読み取れる。

タカ派方向へのシフトと整合する点は「経済がパンデミック前に観測されたようなインフレ動向に戻る可能性は低い」として、インフレ・レジームの変化について主張していることである。背景にはロシア・ウクライナ問題を契機にインフレが悪化する可能性が高いことがある。第一に、目下のところインフレ率を押し上げている短期的要因が「増幅」されるとみられること。第二に、インフレ期待が中期的に不安定化するリスクが高まっていること。第三に、紛争によって、構造的な(物価上昇)トレンドの一部、特に脱グローバル化と脱炭素化に拍車がかかるかもしれないこと、がある。

一方で、ラガルド総裁はこうした背景を踏まえ、ECBの見通し、特に中期インフレ見通しを巡る大きな不確実性も指摘している。これがハト派的な側面である。上述の上振れ方向の影響の一部を相殺する要因として、総裁は「インフレ率を押し上げている要因がユーロ圏経済に、実質的に消費に対する『税』と言える交易条件ショックをもたらしている」ことを強調している通り、不確実性は景況感を損ない、ひいては消費と投資を下押しする可能性がある。つまりECBは、目先の成長鈍化が自らの中期的なインフレ見通しへの自信を削ぐリスクがあるとみている、ということになる。

ECBは今後、財政政策、家計の予備的貯蓄、賃金を重要な要素として注視して判断していくと思われるが、こうした不確実性が残る中で、ECBの政策決定の指針となる原則に立ち返っておきたい。指摘できるのは選択性、漸進主義、柔軟性の3つだ。選択性とは、資産の純購入を第3四半期に終了するバイアスを維持し、見通しが変化した場合は柔軟に調整すること。漸進主義とは、断崖を生じさせるようなことはしない、ということだ。ラガルド総裁は、政策措置の順序に関するガイダンスを「利上げを開始する『少し前に』資産の純購入を終了する」から「資産の純購入を終了した後『しばらく経ってから』利上げを開始する」に変更したことについて、「突然または自動的な措置の観測を和らげる」意図があったことを明らかにしている。最後の柔軟性とは、ECBは、必要とあらば、何かしら新たな手段も公表しうるということだ。金融政策の伝播メカニズムが損なわれないようにすることと、「新たな手段」を検討することには明確にコミットしている。

全体として、ECBは政策正常化の軌道にしっかりとどまっていると考えられるのではないか。紛争の経過次第では、利上げの開始時期および場合によっては規模に影響を与える可能性が高いと言う点は踏まえておくべきではあるものの、計画全体を頓挫させることはないと見てよいのではないか。

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