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翠ジンの成功にみる、サントリーだからできる一貫したマーケティング戦略

サントリーの翠ジンが絶好調のようですね。

今日は、この翠ジンがどういうマーケティング手法のもと成功してきたのか?そして、サントリーだけがなぜこうしたマーケティングが可能なのか?ということについて考えていきたいと思います。

(noteでは組織の話ばかりしていましたが、元はマーケターだったことを思い出したのと(笑)、グロービス経営大学院ではマーケティングの教員でもありますので、たまには閑話休題的に。)


なぜ翠ジンに着目したのか

翠ジンのマーケティングといえば、「それはまだ、流行っていない。」というコピーを中心とした広告展開が話題になりました。

しかし、本当にこの広告だけで、人々はいきなりジンを飲むように習慣を変えるでしょうか? 瓶でジンを買うって勇気が入りますよね。何度も飲まないといけないし、失敗したら困ります。

上記の記事の中に、気になる一文がありました。

「店で試しに飲んでみたらおいしかったので自宅用に購入した」人が多いという。

確かに、このところすごくお店で見る気がします。
しかも「お店でトライアルとして飲んでみて、良かったら瓶で買って家で飲む」という流れは理に叶います。

こちらの記事にはこのようにありました。

「ただ営業現場が頑張ってくれたこともあり、テレビCMを始める前に約2万の飲食店が扱ってくれました。すごく手応えがあり、新市場になりうると思います」

TVCMを入れる前から、2万店もの飲食店が扱っています。

でもこれって、営業が頑張れば置けるのでしょうか?

店舗からしたら、2万店に拡大するほど広げるなら他店舗にもあるわけで、翠ジンソーダを置くことが差別化にはなりません。
メニュー数が増えて、扱う材料も増える。ハイボールもレモンサワーもあるし、売れるか分からないジンソーダをわざわざ置くインセンティブはあまりないと思いませんか?

僕はこれを不思議に思い、いくつかのお店に飲みに行って、翠ジンソーダの店舗での売り方を見てみました。

ありました、翠ジンソーダです! やっぱりどこにでもある。

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こんな感じで、色んな店を見てきた結果、僕の辿り着いた結論は、サントリーは、飲食店が「置きたい」と思うような総合的なスキームを組織全体で一貫して作り上げたのだと考えました。


背景:なぜジンを売る必要があったのか?

そもそも、サントリーはなぜジンを売る必要があったのでしょうか?

その背景には、ウィスキーの原酒不足があったと考えられます。2008年から角ハイボールをキャンペーン展開して大成功し、縮んでいたウイスキー市場自体が再活性化しました。

その結果、想定以上のウイスキーの販売数となり、原酒が足りなくなったわけです。通常、不足したら増産すればいいわけですが、ウイスキーは寝かさないといけないので製造期間が長くてすぐには作れない。

そこで白羽の矢が立ったのが、「すぐに作れるジン」だったのだと考えられます。しかも、ソーダで割ればハイボールの代替になるので、売上を落とさないばかりか、ハイボールの需要を抑えることもでき、ウイスキーを切らさずに繋ぐこともできるという一石二鳥です。

この背景からすると、サントリーにとってジンを販売する上でのマーケティング課題は、「居酒屋でハイボールの代わりに飲んでもらえて、家でもウイスキーの代わりに瓶で買ってもらえる商品」として翠ジンを販売しないといけなかったわけです。

逆にいうと、「ハイボールを売るよりも翠ジンソーダを売りたい」という動機が飲食店側に必要だったということでもあります。

さてでは、いかにして飲食店が「置きたい」と思うスキームを作り上げたのか、僕自身の店舗での実体験含めて妄想を書いていきたいと思います。


成功要因1:居酒屋を味方にするポジショニング

ジンは「ジントニックなどにしてバーで飲むもの」という概念を打ち破り、「居酒屋メシに翠ジンソーダ」というメッセージを発信しました。
こうやって、「翠ジンはソーダで割って居酒屋で食事と一緒に飲むもの」というポジションを築いたのです。(写真:ホームページより)

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これは、上記のマーケティング課題を前提にすると、当然とも言えます。ハイボールの代わりにならないといけないので。

そしてこの瞬間、居酒屋からしたらジンは置くべき味方の商品となります。
「メシに合う」というコンセプトは、居酒屋にとってとても嬉しいコンセプトです。「食事に合うから翠ジンが売れる」「翠ジンを飲みながらまた食事が売れる」「食事が届いたからまた翠ジンが売れる」という、相乗効果の良いサイクルに入るからです。

こうやって、食事を含む一人当たりの客単価上昇が見込めます。


成功要因2:オンリーワンのネーミング

「角ハイ」のように「翠ジン」と呼ばせる戦略を取りました。

一般的にジンは、「ボンベイ・サファイア」「ゴードン」「タンカレー」「ビーフィーター」といった名称です。「ジンというカテゴリーの中のタンカレー」という製品として顧客の脳にインプットします。

しかし、翠ジンは「翠ジン」という商品なのです。従来のジンと並んでいません。「今日はタンカレーじゃなくて翠にしよう」という需要は狙っていません。
この需要を捨てることで、「レモンサワーにしようか、角ハイにしようか、翠ジンにしようか」というポジショニングで勝負しています。

そもそもネーミングとして「角ハイ」って素晴らしい発明です。

お客:「ハイボールください!」
店員:「ニッカと、ジムビームと、メイカーズマークがありますがどれにしますか?」
お客:「えーっと、じゃあメイカーズマークで」
店員:「はい!」「メイカーズマークのハイボール一丁」

という会話を省けます。

お客:「角ハイください!」
店員:「はい!」「角ハイ一丁!」

これでオーダー完結です。お店はこれがすごく嬉しい。

こういうオンリーワンの名前を最初に取ってしまうのが「翠ジン」のネーミング戦略なんだと思います。これをやられると、他社はなかなか居酒屋におけるジンのカテゴリーで争うことが難しくなるからです。


成功要因3:独自のグラスでの提供

居酒屋で翠ジンソーダを頼むと、写真のよううな専用グラスで必ず提供されます。(写真は、ホームページに掲載されているオフィシャルのもの)

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エメラルドグリーンの綺麗な色が目につきますが、ポイントは形です。
ジントニックのような縦に細長いグラスとは差をつける一方で、ハイボールのジョッキのようなグラスとも異なります。
下が窄まっていて細くなっていますが、飲み口の方は大きくなっています。

これは、居酒屋のテーブルで上から見ると、ハイボールなどのグラスと同じサイズの直径に見えますが、下が窄まってる分、量がやや少ないです。

量が少ないということは、原価は少なくて済むし、オーダー頻度が上がるので、客単価が上がります。これは居酒屋にとって嬉しい。

居酒屋としても、自分たちで翠ジンだけ小さいグラスで提供しづらいですよね。「なんでハイボールと同じ(くらいの)値段なのに小さいんですか?」とお客様から言われてしまう。

でも「サントリーさんのオフィシャルグラスなんで」ってことであれば、多少小さくてもそれが正式見解なのでサイズで揉めることはない

ここまで分かって、専用グラスとセットで導入しているってことですね。


成功要因4:何か加えたくなるシンプルな味

居酒屋メシというのは、味が濃いものです。
味が濃い方が、喉が乾くのでお酒が売れる、そういう狙いですね。

その前提で考えると、「食事を邪魔しないシンプルな味」というのは当然、居酒屋メシに合わせるには必須の要件となります。

しかし、お店で飲んでいて気づいたことがありました。

どのお店も「レモン入り」「ライム入り」といった製品を置いてるのです

ホームページでもこうやってプラスの味付けをする工夫が記載されてます。

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味がシンプルではあるのですが、確かにちょっと物足りない。
食事の味も濃いし、もうちょっとスッキリしたいから、レモンを足したい。

なんとなくこう感じて、480円の翠ジンソーダに+50円して、自然といつの間にか530円のレモン翠ジンソーダをオーダーしているんです。

そう、ここにも単価を上げる仕掛けが隠されてました。


さいごに:なぜサントリーにだけできるのか

ここまで、マーケティング手法として、冒頭の広告展開だけでなくて、ポジショニング、ネーミング、サイズ、テイスト、あらゆるものが「居酒屋が置きたくなる」商品として設計されているということを見てきました。

そして、居酒屋で飲んでみて美味しさに気づき、家でも飲み始めるて、生活に定着させていくという、角ハイボールの大成功をなぞるような上手な戦略だったわけです。

それを「ジン」というウイスキーより小さなマーケットでやり切ったのだから、サントリーさんのマーケティング力は素晴らしいですね。

しかしですよ、ここに書いたマーケティング手法に何か突飛なことがあるわけではないですし、何か天才的にクリエイティブなアイデアが隠されているわけでもありませんよね。(実はあるけど、僕が気づいてないってだけかもしれませんがw)

だとしたら他の競合他社にも十分展開できた可能性はあります。
ではなぜ「サントリーにだけこれができるんだろう?」と考えると、そこにはサントリーならではの組織的な強みが隠れているんだろうと想像します。

その答えは、サントリーの価値観にありそうです。

サントリーが掲げる価値観に「やってみなはれ」と「利益三分主義」があります。

やってみなはれ

「やってみなはれ」は有名ですね。この精神があるからこうした新しいことにどんどん取り組めるのだと思います。

だって、サントリーは「ジン」をもともと扱ってるんです。ROKUとか、ビフィーターとかはサントリーが展開してます。もし、翠ジンソーダを売って「ジンといえば翠ジン」となったら、他のジンを殺してしまうかもしれません。

そうやって、社内の既存商品の責任者から潰されるのが新商品というものです。だから大企業は新しいことができない。

それでもサントリーが挑戦できるのは「やってみなはれ」の精神があるからだろうと思います。

利益三分主義

こちらは「やってみなはれ」ほど有名ではないかもしれませんが、サントリーが創業時から大切にしている価値観です。

事業で得た利益は、「事業への再投資」にとどまらず、「お得意先・お取引先へのサービス」や「社会への貢献」にも役立てていこう。

このように説明があることから、自社の儲けばかりではなくて、取引先としての飲食店の儲けについてもしっかり考えるカルチャーが染み付いているのだと思います。

飲食店に営業し自社が儲けてるのはサントリーも同じだと思われるかもしれませんが、「グラスを小さくする」ってなかなかできないですよ。
だって、「グラスを小さくする」ということは、使用するジンの量を減らすということなので、自社の売上と儲けを小さくする恐れのある判断です。

それでもできたのは、苦しむ飲食店を助け、飲食店が繁栄することが、自分たちの繁栄にも繋がるという価値観があるからだと思います。
こうした価値観で組織が一枚岩になっているからこそ、サントリーはブレることなく成長し続けているのだろうと思うのです。


ということで、結局、最後は組織の話になってしまいましたが(苦笑)、組織が一枚だからこそ、開発・調達・営業・広告といった各機能が一貫してマーケティング活動を行えているのだと思います。

やっぱり、そうした組織を増やしていきたいですね。


※内容は、個人的な分析であり事実とは限りません
※冒頭の写真は日経新聞より


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