創造のスピード、創造生産性を大事にする。効率一辺倒の幸せはない。
日経コメモの意見募集で、「#倍速で楽しみたいこと」というお題に目が止まった。自分だったら何を倍速にして楽しみたいか。そう考えた瞬間、新たな価値を創造するスピードを倍にして、その成果を仲間と分かち合って楽しみたいと即座に思った。倍速どころか、爆速にしたい。そうすれば新たな価値が量産され、それらを買い合うことで、お金の回るスピードが倍速、爆速になるはずだ。「新価値の量産」、つまりは「創造生産性の向上」こそ、倍速で楽しみたいことなのだと、強く感じた。
一方で、お題の中にあった「コストパフォーマンス」。この言葉には、「効率性」という感覚がつきまとう。幾つかの「同等の価値のもの」に対して、どれが安いかという相対比較の世界だ。これは、最近流行りという「タイムパフォーマンス」についても同様だ。時間を掛けずにどのくらいの情報を頭に入れられるか、もしくはある1本の映画をどれだけ短い時間で鑑賞できるか、といった感覚はまさに「効率性」だ。要するに、価値が既に決まっている何かを、如何に安く、如何に短い時間で手に入れるか、そんな勝負になっていると思う。
これは、「受け身」の感覚でもある。何かを購入する、自分のお金や時間を使うなら効率を良くしたい、という「消費者」としての感覚だ。日々の生活の中で、高い「効率」の「消費」をどれだけ揃えられるかを突き詰める世界だ。あまり馴染みのない言葉だが、「効率の生産性」=「効率生産性」と言い換えても良い。人々は「自分の持っている限られたお金や時間の中で如何に日常を楽しむか」を追い求めているのだ。これはこれで勿論大事ではあるが、創意工夫や尽力を得意とする日本人の「新たな価値を自らの手で「創造」するという「貢献者」の感覚」は、どこに隠れてしまったのだろうか。
「創造生産性」という言葉を起点に記事を調べていると、「幸せ中心社会への転換」という連載が見つかった。慶応の前野教授が書かれたものだ。初回は、2021年のダボス会議の「グレート・リセット」というテーマについての解説から始まった。「世界の社会経済システムを考え直さねばならない。第2次世界大戦後から続くシステムは環境破壊を引き起こし、持続性に乏しく、もはや時代遅れだ。人々の幸福を中心とした経済に考え直すべきだ」と語るダボス会議会長の言葉を引用して、身体的・精神的・社会的に「良い状態」=「ウェルビーイング」の重要性を説いている。
では、消費という感情的、短期的に幸せな状態にとどまらず、創造性を高めていくには、どうすれば良いのだろうか。第4回にはそのヒントが「幸福経営」というキーワードと共に書かれている。米国でも、企業の目的は株主利益ではなく、マルチステークホルダーの利益だと言われ始め、SDGsやESG投資という概念が脚光を浴びている。既に、豊かで住みやすい社会の実現に向けて、会社として、社員として、どう貢献できるかという挑戦が始まっているのだ。「幸せな従業員は不幸せな従業員よりも創造性が3倍高い、生産性が30%高い。・・・・・合理性・生産性の価値軸が変化したのです」という前野教授の言葉からは、まさに「効率生産性」から「創造生産性」への意識転換が進んでいることが見て取れると思う。
第7回には幸福度と年齢の関係が書かれていた。ある調査によると、「20歳代の幸福度は高く、40歳代あたりが底となり、60歳代で再び幸福度が高まる」という。恐らく、もっとも脂の乗った40歳代は効率化という世界の中で心身ともにすり減っているのだろう。一方で、20歳代は自由を満喫し、60歳代では視野が社会へと広がり利他的になるのだと思う。これからの日本社会は超高齢化社会だ。広い視野を持った高齢者は確実に増える。企業における幸福経営や創造生産性への意識の高まりもある。それに呼応する形で40歳代も間違いなく活性化するはずだ。豊かな社会を創造する中で、人々が幸福になる。前野教授が言われるように、そんなウェルビーングな社会を、日本が先頭に立って生み出していけるかもしれない。
ただ、少し不安もある。いまの日本社会には、リソース不足という課題が大きくのし掛かっている。そのせいか、生産性=「価値」÷「コスト」を上げるべく、分子の「価値」はそのままに、分母の「コスト」の削減に没頭している。価値が変わらない中で、利益を上げるためには「コスト」を削減するしかない。これでは、人件費や調達コストを削り、経済を縮めるだけだ。コスト削減で得た利益を、値引きや低価格化による無駄なシェア争いの道具にしたら尚更経済を縮める。この中にいる従業員は本当の幸福度を感じることはないと思う。
もちろん、効率化を悪だというつもりもない。効率化すれば、新たな価値を創造するための原資が生み出せるからだ。そして、なにより、何のために効率化しているのか、効率化の先にある「創造したい新たな価値」をしっかりと示していくこと、その実現に向けて着実に進んでいくことが重要だ。そうすることで、効率化自体も幸せを生む過程となると思う。効率化一辺倒からの脱却する。創造したい新たな価値を高らかに発信する。これが今の日本企業、そして日本人に必要なことだと感じている。受動的に効率的に消費を楽しむのではなく、能動的に創造的に貢献を楽しむ。それを倍速、爆速で進めていく。日本の社会システムをリセットしていきたいと思う。