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ディスコンになったWebサービスから、メンタルモデルの大切さと、プラットフォームマーケティングの難しさを考える

筆者は2000年前後に、WebTV Networksという会社に在籍していました。

WebTVは、家電店でセットトップボックスを買ってきて、それをTV・電話線と繋ぐと、リモコン操作でWebコンテンツが見られる、というものでした。

当時は解像度が低かったTVに合わせて文字を大きく表示したり、マウスの代わりにリモコンで操作できるよう補正したりということができるなかなかの優れもので、電子番組表閲覧やTV番組とインターネットのクロスオーバーといったこともできる、当日としてはかなり先進的なサービスでした。

セットトップボックスは、確か四万円くらい、あとサブスク部分が確か月額二千円くらいだったように記憶しています。当時インターネットにアクセスする主流の手段だったPCと比べればかなり割安で、かつ非常に平易なユーザビリティを備えたこのサービスが、一体どれだけ普及するんだろう、という熱気に会社は満ちていました。

具体的な数字は忘れてしまいましたが、「インターネットがTVでできる」というメッセージで、相当な量の広告を打ちました。当時幼稚園生だった私の娘も普通に会話の中で「WebTV」という言葉を出したりしていましたので、認知は相当あったのではないかと思います。

そして手練れの営業が家電店での配荷を作りました。こうして、消費者への認知・サービスを知った消費者が買いに走る店頭が揃ったわけです。

さぁ売り上げは?!

期待に反して、残念な状況が続きました。広告を続けて投入したり、積極的なPRを展開したりしても状況は好転しませんでした。

チャネル開拓を担う営業部隊は、その戦略を、小売での配荷強化、つまり認知を持った消費者の背中をPOPなどにより店頭で押す、という考え方から、もっと高関与な販売プロセスを行う他事業者のサービスに、WebTVを組み込んでもらう、という考え方にシフトしました。

例えば、銀行や証券会社に、上位顧客(大抵はITのリテラシーがない20年前のシニア層だったりしました)向けの取引端末として配ってもらったり、個人向け有線放送のサービスに無料でつけてもらえるようにしたり。

中でも、有線放送へのオントップは、期待が大きいものでした。当時USENは個人宅への音楽配信用チューナー+アンプ+スピーカーのシステムを月額六千円のサブスクで対面販売していました。USEN440と描いたテントが繁華街に広げられていたのを懐かしく思い出される方もいらっしゃるかもしれません。この音楽サブスクリプションのサービスに、価格を上乗せすることなく、希望者に対してはWebTVをバンドルしてあげる、というモデルは、消費者から見ると丸得だし、USENの営業担当から見ても、対面販売で訴求できる大きなベネフィットがあるように思われました。

毎月数万件の新規獲得があるUSENの個人宅ビジネスにバンドルされる形で、WebTVが出荷されていく。今度こそ、すごい勢いでユーザー獲得が進むことが期待されました。

しかし、その結果は、毎月数万件のうちの10%くらいでした。

それでも大変な数の新規獲得であり、本当にUSEN社にはお世話になったのですが、このUSENのディール以降、新しいチャネル施策が打ち出されることはなく、WebTVは2002年にサービスの終了をアナウンスしました。

皆さんは、このストーリーを読まれて、どう感じられましたか?

筆者が後付けながらラーニングしたのは、次のポイントでした。

(1)メンタルモデルがないものはたとえ認知があっても、人は買わない

人が何かを購買するときには、その対象物が大まかにでもどんなものかわかっていること、つまり自分の中に対象物のメンタルモデルが存在することが大前提になります。人には流暢性という性質があり、聞いたことのある・馴染みがある感じがする商品を人は買いやすいという傾向がありますが、それとてメンタルモデルがなければ機能しません。

当時の消費者は、WebTVという名前は認知していても、それを店頭で見た時にメンタルモデルがなかったため、大まかなイメージも、それを買うとどのように暮らしが良くなるのかもわかりませんでした。しかし、なぜ「TVでインターネットができる」というメッセージを十分に流したのに、WebTVのメンタルモデルは形成されなかったのでしょうか?

それは、インターネットがプラットフォーム的な性質を持つ、ということと関係しています。

(2)プラットフォームのメンタルモデルは、最初から「プラットフォーム」であるというポジションを取るとうまくいかない

インターネット(=プラットフォームの一つ)を使ってできることは沢山あり、WebTVのユーザーになればその大抵のことは享受できました。

しかし「何でもできる」「色々できる」と言われても、消費者はそれをなかなか魅力に感じません。同じカプレーゼ(モッツァレラチーズとトマトとバジルを重ねた料理です。念のために)を食べるのでも、トスカーナ料理店、イタリア料理店、(なんでも食べられる)ファミリーレストラン、という3つの選択肢の中だと、トスカーナ>イタリアン>ファミレスの順番に魅力的に感じられますよね。

それと同じような理屈で、プラットフォームをマーケットに出すときも、

・点の話(=具体的なユースケース)を重層的に発信して、それぞれの点に魅力を感じてくれるユーザーに訴求する

・それらの点を確かなものにしているのが当該プラットフォームである、という発信を行い、これが何でもできることの要諦であるという認知形成をすすめる

という2段構えの戦略を取らないと、なかなかうまく行かないと考えます。

iPhoneは、そのロンチの時から、きっと現在のようなアプリの生態系を想定していたのではないか、と想像します。しかし、そのようなプラットフォーム性を立てた発信をしてしまうと、ユーザーの触手は動かないので、ジョブスは有名なスピーチ中で、Phone, iPod, Smart internet device,という三つの側面を切り取って連呼したのだと思います。

PCも、最初にワープロ・表計算・ブラウザといったキラーアプリがなければ、このように普及しなかったと思いますし、その結果プラットフォームたり得なかったかもしれません。

WebTVのマーケティングも、これと同じように点の発信を重ねていったら、あるいはメンタルモデルが形成できて、結果は違っていたかもしれません。

まぁこれは今だから言える後講釈に他なりませんが。

もう一つ、筆者がこの経験から感じることは、

(3)メンタルモデルがないものを、人はなかなか売れない

当時のUSEN 個人宅営業部隊には、非常に洗練された営業の型=セリングプロセスがあったように思います。街頭で、販売担当員が、見込み客に対し。音楽がある暮らしがいかに素晴らしいかを語り、欲しいという気持ちを励起する。

そして、今になって考えてみるとWebTVがバンドルされることを、この音楽のセリングプロセスの中に組み込むことは、そんなにシンプルではありません。そのためには営業部隊の一人ひとりが

・WebTVのメンタルモデルを持つ(≒インターネットで何ができるか理解するWebTVの機能・操作理解をする)

・見込み客の中でインターネットでできることのうちどれが響くか、それと音楽とどちらをまず訴求すべきかなどの作戦を、見込み客ごとに組み立てる

・機能的・技術的な質問が来たときにある程度対応できるだけの理論武装をする

といったことが必要になり、このような認知的負荷をかけるのであれば、すでに持っている洗練された音楽のセリングプロセスで勝負を続け、それに磨きをかけたくなるのは、営業担当として当然の心理なのではないかと思います。

毎月出荷いただいていた数千台は、上記を厭わない非常に優秀な方がセリングプロセスを変えてくださったことや、音楽のセールスのクロージングで、あとひとおし的なおまけとしてつけてくださったことによっていたのだろうと思います。

もし当初目論んでいたように、全数のバンドルを狙うのであれば、WebTVの社員が個人宅営業の事務所を訪れ、一緒にUSEN+WebTVのセリングプロセスを構築しなければならなかったのでしょう。これも後講釈だし、WebTVの成長機会をあと少しのところで逃してしまった、という意味では痛い授業料でもありました。

以上、ディスコンになったサービスを事例に、マーケティングやセールスを設計する上で、いかにメンタルモデルが大切か、プラットフォームのマーケティングをするときは、点から入ることが大切か、という考察をしてみました。

読者の皆様におかれましては、お楽しみいただければ幸いです。


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