完全自動運転システムは、田舎の飲み屋街文化を再生させる
自動車会社の米フォードが、ライドシェア大手のリフトと提携するというニュースがありました。フォードが提供する自動運転車で、リフトがフロリダとテキサスで配車サービスを行うという組み合わせです。
リフトはグーグル系のウェイモとも組んでアリゾナですでに同じような取り組みをスタートさせています。リフトやウーバーは自前で自動運転車開発も進めていましたが、コロナ禍で経営悪化し開発は頓挫。自動車メーカーと組むという結果になり、この組み合わせが一般的になっていく可能性はあるでしょう。
自動運転の本質は「配車」システムにあり
その世界では、自動運転車をどのようにお客さんに配車し、下車後に回収して他のお客さんへとどう回していくのかという、AIを駆使した高度な配車システムが求められるようになります。そしてこの交通システムこそが自動運転車の核となり、自動運転車というハードウェアは「端末」になっていく。いまのクラウドとスマホの関係と同じになっていくということです。
この新しい交通システムは、どのような便益をもたらすでしょうか。そのメリットを最も享受できるようになるのは、既存の交通が発達した大都会ではなく、田園地帯などの地方都市になるのは間違いないでしょう。
クルマについての都市と地方の感覚のズレとは
わたしは近年、東京と長野、福井の三か所に家を借りて、移動しながら暮らす「多拠点移動生活」を実践しています。
福井の家は、若狭湾沿いにある人口一万人足らずの美浜町にあります。このぐらいの規模の街だと、買い物をするにせよ、人と会って食事をしたり会合したりするにせよ、クルマがなければ話になりません。場所によってはバス会社や自治体運行のコミュニティバスもありますが、たいてい本数はきわめて少ない。一日に三本程度、というのも珍しくありません。自転車という方法もありますが、海沿いの平坦な土地ならともかく、中山間地域では現実的ではないでしょう。
最近は地方創生で「移住者歓迎」「家も用意します」と自治体があれこれ知恵を絞っていますが、この交通の問題に地元側が目が向いていないことが多い。そもそも地元の人はクルマがひとり1台あるのが当たり前なので、移動に困るという発想が持ちにくいということもあるのでしょう。
地方では買い物だけでなく、食事に行くのも酒を飲みに行くのもすべてクルマです。クルマで行って居酒屋の駐車場に置いておき、運転代行で帰宅する。わたしの拠点のある福井の小さな町だと、運転代行業者さえいないため、飲みに行ったら帰りは素面の家族に迎えに来てもらうか、いっそ友人宅で宅飲みして泊めてもらうということになったりする。
地方都市の人は歩かない
そもそも「歩く」という行為があまり好まれない。都会人と異なり、日常的に歩くという習慣がないのです。ある街の行政の人と地方創生のブレストをしていて、「漁港は駅から歩いても20分ぐらいだし、途中に飲み屋街や商店街もあるので、旅行者の散歩コースとして絶好ですよ」と提案したら「えええっ20分も歩かせるんですか!」といたく驚かれたことがある。「わたしらの感覚だと、その距離を歩くという発想はまったく思いつかないですねえ」と言われました。
このあたりの都市と地方の感覚の違いは非常に面白く、こんなまとめもありました。
金沢駅から兼六園までは徒歩30分ほどなので、金沢ぐらいの中核都市で街並みも美しいと、都会人にとっては絶好の散歩コースになるでしょう。しかしこの楽しみが当てはまるのは、市街地が充実している中核都市レベル。それより規模の小さい街だと、駅前の市街地はもはや崩壊しつつあり、散歩しようと思ってもダンプが爆走する国道やひたすら同じ景色が何十分も続く田畑沿いの道しかなかったりします。
自動運転車で酒を飲みに行く文化の出現
そういう田園地帯での移動に自動運転車の交通システムが導入してくれば、さまざまなものごとは一気に楽になるでしょう。ドライバーが不要になる完全自動運転であれば、酒を飲んでいても大丈夫だし、そもそも運転免許さえ要らない。最近の都市部の若者は運転免許を持っていない人も少なからずいて、地方移住の大きなハードルになっているのですが、このハードルも消える。
そして地図を見るのが下手でも、自動的に目的地まで連れていってくれる。運転免許の返上を求められているお年寄りの「買い物難民」問題も解決するでしょう。さらに自動運転車はすなわち電気自動車であり、これは地方都市には大きなメリットがあります。なぜなら近年、過疎地を中心としてガソリンスタンドがどんどんなくなってきているからです。さらに地方での生活は戸建て住宅が当たり前で、電気自動車の自宅での充電も容易ですし、クルマが災害時の非常電源にもなってくれる。
豪雪地帯でクルマが雪に閉じ込められたらどうするのか、というような技術的問題もまだたくさんありますが、総体としては電気駆動の完全自動運転車が交通システムの中核になってくれば、地方におけるさまざまな移動の問題は解消する。
きっとその先には、地方に新たな飲食文化が花開き、あるポイントから別のポイントへは自動運転車で移動し、それぞれのポイントでは気楽に散策を楽しんだり、地元のクラフトビールを飲んだりという新しい旅行のスタイルも登場してくるはずです。これはテクノロジー時代の地方創生の特効薬になりうるのではないかと思います。