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マーケティングも、経営も、全てがアジャイルになる

お客様とつながることができれば、商品開発をアジャイル(機敏)に回すことができるようにもなる。これは今までのスーパーを通じた商品開発ではできなかったこと。なぜなら、スーパーを通じて買った人は特定できないし、新製品を最初に購入する方は一番の見込み客だが、そういう方に中途半端な状態で商品を提供すると、下手をすると二度と買ってもらえない。でもこれが、D2Cでつながりができると、プロトタイプのときに『面白いものをつくったんだけど1回試してくれませんか』というアプローチができるし、『フィードバックしていただけませんか』というお願いもできるようになる。

20代をエンジニアとして過ごした筆者は、「アジャイル開発」という言葉をよく周囲から聞きました。

プロジェクトマネージャーのキャリアが長い筆者は、ぶっちゃけ「アジャイル開発」に良い感情がありませんでした。身近にいた推進者曰く「計画は立てない」「見積もりは作らない」「ドキュメントも作らない」と発言していた記憶があり、相当な"傾奇者"という印象を抱いていました。

もっとも推進者の誤解であると「アジャイルソフトウェア開発宣言」(従来のソフトウェア開発とは異なる手法を実践していた17名のソフトウェア開発者が、それぞれの主義や手法について議論を行い、 2001年に公開されました文章)を後に読んで筆者は意味合いを理解するのですが、それはまた、別のお話…(森本レオ)。

ところで、開発用語だと思っていた「アジャイル」を、ここ数年は経営やマーケティングを扱う媒体で目にするようになりました

(俊敏)や(機敏)とカッコ書きの意味合いで紹介されたり、ベンチャーの仕事の作法として紹介されたり、登場の仕方としてはバラバラですが、少なくとも自分の知っている「アジャイル開発」とはニュアンスが違うようで、以前からかなり戸惑っていました。

そこで、このnoteでは、自分なりにアジャイルの意味を調べたうえで、「マーケティングとアジャイル」「経営とアジャイル」に対する考え方をまとめます。


「野中・竹内論文」ラグビー的アプローチ

先ほど紹介した「アジャイルソフトウェア開発宣言」に、スクラム開発を生み出したジェフ・サザーランド氏とケン・シュエイバー氏がいます。ちなみに、数年前に刊行された「スクラム」(ジェフ・サザーランド)はビジネス書としても面白いです。

「スクラム」の原点は、1886年にHarvard business reviewで発表された論文「The New New Product Development Game」(野中郁次郎先生、竹内弘高先生)にあることは広く知られた話です。

この論文は、富士ゼロックス(当時)、ホンダ、キヤノンなど様々な製造業の事例を元に、新製品開発のプロジェクト進行に関する新たな指針を示しており、読み込めば「アジャイル」が何かの要点は掴めます。

ちなみに、論文では「新製品開発」に焦点を絞っていますが、もう少し範囲を広げて「改善含む製品開発プロセス」と置き換えて良いと考えています。DeepL翻訳でザッとでも目を通して頂けると幸いです。

論文の冒頭で、新製品開発のルールに①高品質、②低コスト、③差別化だけでなく、④スピード、⑤柔軟性も必要と主張し、「従来型のリレー競争的アプローチはスピードと柔軟性という目標と相反する可能性がある」「チームが一体となってボールを受け渡しながら距離を縮めようとするラグビー的なアプローチが今日の競争要件に適しているかも」と記されています。

余談ですが、スクラムの概念は"rugby"と紹介されていました。一体となって進めるという点で"スクラム"が採用されたみたいです。

リレー競争的アプローチとは、マーケティング担当者が顧客のニーズを調査して製品コンセプトを開発し、研究開発エンジニアが適切にデザインし、生産エンジニアが形にしていくといった、あるグループが次のグループにバトンを渡すリレーのような進行を指します。

ラグビー的アプローチとは、調査の結果が全て出揃うのを待たずして一部だけを見て設計に着手したり、開発の途中に顧客から得たフィードバックを元に再考して設計をやり直したり、各部門から選抜されたメンバー同士が一丸となりボールを受け渡すような進行を指します。

論文では、リレーとラグビーの違いを以下図のように説明しています。

シーケンシャル(A)とオーバーラップ(BとC)な開発フェーズ

リレー競争的アプローチはAです。ラグビー的アプローチはBとCです。隣接するフェーズの境界でのみ重複が発生するBと、重複が複数のフェーズにまたがるCに分かれます。

野中氏は後に、スクラム生みの親・ジェフ・サザーランド氏との対談で、次のように語っています。

調査結果からは、(A)各工程の担当チームがバトンを渡すように進み、しかし相互のつながりは少ない「リレー(サイロ)型」、(B)対してチーム間で担当領域が部分的にオーバーラップする「刺身型」、(C)さらに強い結びつきでチームが組み合わさる「スクラム型」がみえてきました。そして、独立した各開発プロセスが線的に進むリレー型より、相互に柔軟に重なり合う刺身型、さらにはスクラム型の方が、より高い開発パフォーマンスを示していたのです。

スピードと柔軟性の観点で、「リレー競争的アプローチ」がNGで、「ラグビー的アプローチ」がOKなのは何故か、詳細な説明が必要でしょう。大きく分けて①プロジェクト進行と②変化への対応の2点があげられます。

リレー競争的アプローチは、どの会社でもよくある「部署が工程を担うリレー」で、前工程に遡って内容の修正ができないし、そもそも前工程の内容が見えないという意味では「ウォーターフォール型」とも言えます。

Aの具体的なイメージ

専門家で構成される「部署」そのものに弊害は無いのですが、メンバーが部署に固定化しまうと、他部署の心境が分からなくなり、どうしてもマインドのサイロ化が進みます。加えて、進捗が見えても品質が見えないため、時間だけが過ぎてしまいます。

少しだけ脱線しますが、サイロ化するという意味ではマーケターとしての職能を極める場合、どうすればサイロ化しないかという命題を一生追い続けることになります。これは営業も、開発も同じなのですが。

例えば、この図の場合、商品の出荷量を見るか、カスタマーサポート部に顧客の声が寄せられるまで、良いか悪いかの判断が出来ません。工程のかなり後ろになってようやく分かるのです。

「マーケ部」の工程になってホームユーステストやデプスインタビューを実施した結果、ノルム値を全く超えず、悪評だらけだったとしても、既に全工程の半分まで到達しています。「それ、早く言ってよ~」ってやつです。

加えて、後工程に完璧なモノを渡そうとするあまり、チェックポイントが膨大になってしまう点も論文では指摘されています。リスクをコントロールできる半面、1度でもボトルネックになると次に進められず、スピードが発揮できなくなるのです。

ラグビー的アプローチは、「チーム一丸となってラグビーボールをパスしながら前進する」=部署で工程を区切るのではなく、クロスファンクショナルな横串チームが協力し合って顧客に見せれる製品を一気に作ってしまい(スピード)、試行錯誤しながら修正を加えていく工程なのです(柔軟性)。

ラグビー的アプローチの具体的なイメージ

リレー競争的アプローチとラグビー的アプローチの最大の違いは、スピードと柔軟性を求めて「とりあえず作ってしまう」点です。リレーは最後に動くものができますが、ラグビーはまず動かし試行錯誤をしながら徐々に成長させていくのです。

図にすると、こんな感じでしょうか。

リレーとラグビーの違い

しかし、リレー競争的アプローチで立てた計画が、予定通りに進むことはまずありません。現場はいつも何かしら不測の事態が発生するからです。加えて、開発の期間が長ければ長いほど、顧客が「もう不要になりました」と心変わりする確率は高まります。

つまり、変化への対応は極めて重要なのですが、リレー競争的アプローチだと、1度設計を終えてしまうと、実装期間は「(横から修正が走らない限りは)変化に対応できない」ことになります。

すなわち、とりあえず作ってしまうことはスピードを担保するだけでなく、変化に強い(柔軟性がある)ことをも意味しているのです。

一方で、このラグビー的アプローチがやがて歪曲して「だから計画なんか立てなくて良いんだ!目標を記すだけで十分だ!」と評する人を生むことになるんですが、それはまた極端なんじゃないの?というのが筆者の考えです。


源流にある「トヨタ生産方式」

「野中・竹内論文」で紹介された様々な考え方の根底に、トヨタ生産方式があることも、また知られています。ジェフ・サザーランド自身も自著「スクラム」の中で、トヨタ生産方式に影響を受けたことを述べています。アジャイル的な何かとトヨタ生産方式の親和性はもともと高いのでしょう。

筆者が着目したのは、「変化への対応」の親和性です。

「野中・竹内論文」は、リレー的アプローチは柔軟性が欠ける(変化への対応力が弱い)ことを示しました。ちなみに、論文発表の8年前に刊行された「トヨタ生産方式」(著・大野耐一)では次のように記されています。

 生産現場の計画は、変更されるためにあるようなものである。生産計画が変更される要因を考えてみると、予測の狂い、事務管理上のミス、不良や手直し、設備故障、出勤状況の変化など、無数にある。
 これらの要因により、前工程で問題が発生すれば、後工程では必ず欠品などが生じ、好むと好まざるとにかかわらず、ライン・ストップかあるいはまた計画変更をせざるをえなくなるのである。
 このような現状を無視して、各工程に生産計画を示すと、後工程とは無関係に部品が生産され、一方では、欠品がありながら、不要不急な部品の在庫が山ほどたまるという事態が生ずる。これでは生産の効率は悪くなり、企業効率を低下させる結果を招く。

大野氏の指摘は、まさにリレー的アプローチの弱点そのものです。そして大野氏は「ある期間の需要予測と手持ち在庫から生産量を決めて、前工程から後工程へ製品を作る」のではなく「ある時点の最終工程に必要な量だけを前工程から納入させ、それを全工程に適用する」ことにしました。こちらの方が変化に強い。いわゆる、ジャスト・イン・タイムです。

もう1つ、大野氏は生産性を高めるために「1人の作業者に1台の機械ではなく、多数台かつ多工程の機械を担当してもらおう」と思いつきます。作業員がある職能に固定化してしまうと、生産量を増やすことでしかコストダウンできなくなるからです。

 アメリカの場合は、職能別の組合があって、一つの会社にたくさんの組合が入っている。したがって、旋盤工は旋盤しかやらない。穴あけ工程というと、ボール盤のところで持っていかなければならない。単能工であるから、旋盤工程でたまたま溶接作業が必要になっても、そこまではできない。溶接工程へ持っていって溶接をやるしかない。したがって、機械の数も多いし、人間の数も多い。そのような条件のなかでコスト・ダウンをしなければならないアメリカ企業にとっては、量産によってしかコスト・ダウンできないことは明らかである。

単能工(シングルタスク)から多能工(マルチタスク)への切り替えは社内でも批判の嵐だったようですが、無事成功し生産性は何倍にも高まったとされています。

これは、担当領域の殻に閉じ籠る「リレー型」から、担当領域が部分的にオーバーラップする「刺身型」、強い結びつきでチームが組み合わさる「スクラム型」への切り替えとも言えます。

このように、歴史を遡っていくと1つ1つの点が線で繋がり、アジャイルの源流の1つが日本だと分かりました。


アジャイルとマーケティングと経営

アジャイルソフトウェア開発宣言には「プロセスやツールよりも個人と対話を、包括的なドキュメントよりも動くソフトウェアを、契約交渉よりも顧客との協調を、計画に従うことよりも変化への対応を、」と記されています。

様々なメッセージがあることを理解しつつ、ここでは「顧客に目を向けて変化に対応する」ことに焦点を絞りたいと考えます。

あるカテゴリにおける年間購買頻度が数回以上の場合、新規参入した自社商品を1回目、2回目、3回目と選んでくれるのか。従来のリレー競争的アプローチで売上と利益が達成できるのか。筆者も経験があるのですが、思っている以上に死屍累々ではないでしょうか。

ラグビー的アプローチを採用し、まずはモックでも良いから小さく作って、商品の内容も、見え方・伝え方も、改善しながら平均購買頻度を高めていく方が、勝ち筋はありそうです。「野中・竹内論文」や「トヨタ生産方式」では記載が無かったのですが、小さくまずは始めることは人・資金などリソース面でも有効でしょう。

買い続けてもらうためには、購買頻度を高めやすい「2ステップマーケティング+定期配送モデル」「初月無料+月額課金モデル」など様々な仕組みがあります。

いずれにせよ、最初の「ハードル」はとことんまで下げたうえで、実際に使って貰い、定量・定性の感想をデジタルを用いて収集し、改善に役立てることがラグビー的であり、アジャイルっぽいと言えます。

ちなみに、ハードルを下げる分、1回目で元を取ろうとせず複数購買されることを想定したLTVモデルへの転換は必須…だと筆者は考えるのですが、そこまで話を広げると1万字では足りないので、それはまた、別のお話…(森本レオ)。

デジタルによるフィードバック

筆者は、DXの本質は「デジタルによる顧客体験の向上」にあると考えています(ただしポジショントークです)。デジタルという手段で「顧客と繋がり続けることが出来る」ようになり、ラグビー的アプローチで最速のフィードバックが得られるようになることがDXだと考えています。

すなわち、デジタル・トランスフォーメーションとは、リレー競争的アプローチな組織体制を、ラグビー的アプローチな組織体制に変革し、デジタルを手段に顧客からのフィードバックを得る仕組みを構築することである。そのように考えています。

ちなみに、この変革は「マーケティングは4Pだ」と言われながらも全くタッチ出来なかった「Product」に、ややもすれば「Promotion」がメインだったマーケティング部がタッチできることを意味しています。もちろん、逆もしかりです。「聖域は無い」ということです。

業種・業態によって、ラグビー的アプローチのハマりの良さがあるのだと考えます。したがって優劣を競っても仕方が無いことは理解します。

ただし、顧客から最速のフィードバックを得ながら改善を進めるようなアプローチが、工程の後半にならないとフィードバックを得られない(工程の後半にならないとモノが完成しない)アプローチより売上・利益が高まらないイメージは、筆者にはどうしても想像できないのです。

これは筆者のポジショントークなのですが、早晩、どの業種・業態にしろラグビー的アプローチを部分的なのか全面的なのかともかく、採用していくことになるのではないでしょうか。

その時、導入コンサルタントとして、現在D2C領域で大活躍されてらっしゃるマーケターの方々が組織変革をも担っていかれるのかな…と筆者は思う次第です。

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