なぜ米国で物価が上がらないのか

9月19~20日開催のFOMCでバランスシート(B/S)縮小計画を公表すること自体は既定路線としても、その背後では物価の現状と展望について強気・弱気、両サイドの議論が交わされていた様子が窺えます。議事要旨を読んでいた感じたことは、「多くの参加者(many participants)」を主語として、物価の弱さが「一時的」と考えている記述と「予想以上に長期化する」と考えている記述が併存しており、物価の現状認識について議論が混線している印象を受けました。

また、特に今回の議事要旨で目を引いたのは物価上昇のメカニズムに関して、踏み込んだ議論が見られた部分です。ここではまず、多くの(A number of)の参加者は「政策決定に使用されるインフレ率の分析の大部分は、財・サービス・雇用への需要が長期的に維持可能な水準を超えるに伴って価格や賃金の上昇程度も増すというフレームワークに依存している」と指摘したことが記述されています。これは雇用市場で言えば、フィリップス曲線を前提とした分析が重宝されている状況を指摘しているものと思われます。しかし、2~3名(a few)の参加者からはこうした枠組みは物価予想に際して有用(useful)ではないとの意見も見られました。FOMC内部において経済や雇用の好調と物価の先行きの繋がりを疑う者が出てきていることは重要な動きに思えます。事実としてフィリップス曲線がフラット化している以上、やはりそれを慎重に扱おうとする姿勢が自然ではないでしょうか。私はそう思います。

さらに、「低いインフレ率と低い失業率の併存(the coexistence of low inflation and low unemployment)」に関する理由について具体的に議論された跡も見られ、現状の論点整理として非常に示唆に富みます。今回のFOMCでは、①需給逼迫に対する物価の感応度が逓減している、②自然失業率が現状以上に低い(≒まだスラックが存在する)、③労働市場の引き締まりから名目賃金に波及するラグの存在、④グローバル化の進展や技術革新による価格支配力低下といった要因が指摘されており、いずれも首肯できる要因です。

仮に、上記4つの要因のうち②や③に物価低迷の理由を求めるならば、現行の「いずれ上がってくる」という政策スタンスと両立するでしょう。そうではなく①や④ならば構造的かつ持続的な理由となってくるため、現行の政策スタンスとはバッティングするように思います。現在のFOMCは恐らく②や③の可能性を念頭に置いていると思われますが、こうした議論が出ること自体、正常化プロセスの先行きについて不安を覚える参加者が現れ始めているということに思えます。少なくとも「フィリップス曲線を疑う」という空気がFOMC内で見え隠れし始めていることは重要な兆候と考えたいところです。このような弱気な意見はあるきっかけで一瞬にして支配的になると思います。

http://www.nikkei.com/article/DGXLASGN16H2Z_W7A810C1000000/

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