見出し画像

マーケティングは拡張して人事と融合する、かもしれない

(1)棚ぼたで泊まった一流ホテルでの経験

筆者が30代前半に勤務していた企業は、出張規定が非常に寛容でした。

中でも宿泊料金に制限がなかったのは、驚きでした。いきおい、手配をしてくれる社内旅行代理店は、行く先々の一番良いホテルを勧めてきます。

かくして筆者はリッツカールトンだグランドハイアットだ、30代前半の若輩者には分不相応な宿に泊まる経験を重ねることができました。

そこで知ったのは、それらのホテルの接客は、ホテルのブランドの個性を反映している、ということでした。リッツカールトンであれば、とても親密でハイタッチですし、パークハイアットであれば、クールでプライバシーを大事にしてくれるような方向だったように思います。

どちらも一流の接客ですが、仮にリッツからハイアットに転職した人がいたとして、リッツの流儀をそのままハイアットに持ち込む、というわけには行かないでしょう。なぜならばリッツもハイアットも、その個性の中核に接客を通じた滞在経験があり、ハイアットでリッツの接客をしてしまうと、ハイアットの他の要素とハレーションを起こすからです。

その意味でそれぞれのホテルの接客は、それぞれが「滞在経験を通じてお客様に何を提供するか」、すなわちミッションやブランドパーパスといったものと整合した作法になっています。

これがどのように達成されるのか。筆者は両者とも内情を知らないので想像になってしまいますが、すでに成立している社内文化(及びそれに基づく行動)と一人一人の社員に対する働きかけが相互作用的によっているのではないか、と想像します。

つまりリッツに入社した新人は、諸先輩の接客を観察し、それに同調していくことによりリッツらしい接客を習得するとともに、社内研修などによりもう一つの経路でリッツらしさを学んでいくのではないか、という次第。

「紳士淑女として、紳士淑女であるお客様に接する」「お客様にNoと言わず、期待を上回る」などで有名なクレドを使った朝礼などは「働きかけ」の部分に相当する訳です。

(2)モチベーションが高いリテール、スターバックスの話

お店があって、店員さんがいて、そこにお客様は出向くタイプのビジネス、つまりリテールの中で、筆者が店員さんから高いモチベーションを感じる企業の一つにスターバックスがあります。

スターバックスの店員さんは、総じてみなさん快活で感じがよく、積極的にコミュニケーションをとってくれます。何ならカップに似顔絵を描いてくれる達人もいます。

なぜこのような高いモチベーションの集団が形成されるのか、という問いに対する答えも、リッツカールトン・ハイアットの例と同じく、先達により形成されている社内文化と働きかけによるのではないか、と思います。

スターバックスの働きかけについては、友人から話を聞いたことがあります。同社では新人の店員さんが入店後1週間程度経った頃、店長から「好きなドリンクをお客様にお勧めすること」を促されるのだそうです。

これにより新人氏は、およそ小売業で勤めるものとして最も大きな喜びの一つである、お客様からのフィードバック(しかもフレンドリーかつポジティブな)を得ることができます。促し→フィードバックのサイクルは強化され、新人氏はモチベーションの高い店員としてのルーティンを一つ手に入れます。

このような促しがシリーズになり、モチベーションの高い店員としての行動が次々にルーティン化されているとすれば、スターバックスの接客の好ましさも納得のいくところです。

(3)ホテルとスタバに共通した構造

ホテルはブランド・MVVなど会社の有り様との一貫性、スタバの方は高いモチベーションという文脈で説明をしましたが、これらの事例はいずれも共通した構造を持っています。

それは企業が何を成し遂げたいか、というWe are XXX、そのために社員がどのように振る舞うべきかを規定するWe behave XXX、それをどのように実現するか、というWe Realize by XXXの3つの要素によって成り立っています。

以下に同社のWebサイトなどを参考にして、比較表を作ってみました。Realize要素は若干想像も入っていますが、参考にご覧になってみてください。

画像1

ところで、We Are/We Behave/We Realizeを企業一般で取り決め、推進していく中で、手薄になりがちなところはどこでしょう?

筆者はRealizeの部分であると考えます。

組織というのはともすると、Behave要素(=行動規範など)を決めたら、それを印刷して配って終わり、とか、「XXXしましょう」「XXXしないようにしましょう」といった単純な発令をして後は現場任せ、といったことになりがちです。

しかし何かをルーティン化する、ということは今までのルーティンに手を加える・変えるということ。一度習慣化し、定着したことはそう簡単には変わらないという人間の性質に思いを馳せれば、Behave要素を腹落ちさせ、行動にRealizeするためには、スタバの店長が新人氏に、ドリンクをお勧めすることを促すような、緻密に計算された仕掛けが必要だ、という次第。

(4)マーケティングは拡張して人事と融合する、かもしれない

上記で述べたBehaveからRealizeへの流れは、社員に対して働きかけをすることにより、彼ら・彼女らの態度・行動を変容していく、ということに他なりません。

ところで、これに近しいことを、消費者に対して行うのがマーケティングです。つまり、

・人間に対してどのような働きかけをしたら、どのような反応があるのか、ということを理解し

・自社ブランドを、誰に対して、他の何と比較してもらい、どの要素をたてて競争優位を獲得するか戦略を構築し

・起こしたい認知・態度・行動変容から、どのような働きかけをすべきか仮説を立て

・実践・検証を行う

というマーケティングのサイクルを、対象を消費者ではなく、社員に対して設計すると、まんまWe Are/Hehave/Realizeのサイクルを進めることになります。

この種の仕事は、企業においては、通常人事部が管掌することが多いと思います。しかしこう考えてみると、人事とマーケティングは直感に反して近接しているように思われます。

筆者は時折、マーケティングを軸としたとしたコンサルティング・アドバイザリーを請け負ったものの、いつの間にかそのスコープがエグゼクティブのマインドセットを行うことに変容する、という経験を少なからずしたことがあります。

このことからも、人事とマーケティングの近接や、実際組織的にこの2部門が融合することがあり得るのではないか、と予測しています。

読者の皆さんは、いかがお考えでしょうか?


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?