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分裂するECBの読み方~「調整型」ラガルドの本領発揮へ~

抗議辞任の行方
9月25日、ECBはドイツ出身のザビーネ・ラウテンシュレーガー理事が2022年1月の任期満了を待たず、10月末に退任すると発表しました。理由は明らかにされていませんが、同氏がECBスタッフに宛てた電子メールでは「現状を踏まえ退任は最善の行動」と記述されていたそうです。理由は示されずとも、間違いなく9月に多数決で強行突破して決定した政策運営への抗議辞任でしょう。

なお、同理事の後任としてはドイツ連邦銀行副総裁のクラウディア・ブッフ氏やドイツ経済諮問委員会のメンバーを務めるイザベル・シュナーベル氏などの名が挙がっています。別にドイツ出身者でなければならないというルールはないのですが、ラウテンシュレーガー理事が辞めると、常時投票権を有する役員会メンバーからドイツ出身者がいなくなります。さすがにそのような事態は回避されるはずであり、ドイツ出身者を探る線で話が進むでしょう。

ドイツの乱は3度目
なお、ECB政策理事会における「ドイツの乱」はこれが初めてではありません。少なくとも緩和をめぐる抗議辞任は過去10年で3回目となります。2011年9月、ドイツ出身のシュタルク理事が「個人的な事情」で任期満了前に辞任しました。これも当時のECBが決定した証券市場プログラム(SMP)再開への抗議辞任だったと言われています。ちなみに、この7カ月前の同年2月にはウェーバー独連銀総裁(当時)も任期途中での辞任を表明しており、これもSMPに抗議しての辞任だったと目されています。この点はよく知られている話ですが、トリシェECB総裁(当時)の後任(2011年11月就任)はドラギ伊中銀総裁(当時)ではなくウェーバー独連銀総裁だと言われていました。なので、当時の抗議辞任は「ECB総裁の椅子を蹴る」という行為も含んでおり、相当に強いものだったと考えられます。

今回のラウテンシュレーガー理事の辞任も9月12日の政策理事会で拡大資産購入プログラム(APP)再開が決断されたことが契機になったと思われます。そもそも同理事は8月30日、メディアへのインタビューで「資産購入プログラム再開の必要性を感じない」と明言していました。こうした意向が踏みにじられたとの思いが強いのだと思います。SMP再開の次はAPP再開でECBは分裂してしまいました。資産購入プログラムはECBにとって鬼門の選択であり続けています。

3割の意見を無視した政策理事会
過去の類例を踏まえる限り、今後の政策運営への影響がさほど大きいとは思えません。が、今回は過去2回ほど軽いものではないでしょう。おそらくラウテンシュレーガー理事はドラギ体制からラガルド体制に移行しても現状と同じような「なしくずし的な緩和路線」が選択されると将来を悲観したのだと思います。実際、部外者から見てもAPP再開は強引な決定だったことは想像に難くありません。いくら政策理事会の意思決定が多数決原則だからといって、会合前に報道されているだけでも25名のメンバーのうち3割近く(筆者が事前報道で視認する限り、7名は存在しました)がAPP再開に反意を示していたのに、一足飛びに再開が決まるのは違和感がありました

調整型、ラガルド総裁の本領発揮へ
もちろん、ドラギ総裁は今年11月以降に始まるラガルド新体制を気づかって「先に決めてあげた」ということなのかもしれません。しかし、その気づかいが「ECBはもはや材料出尽くし」との観測を引き起こし、むしろ会合後のユーロや域内金利を上昇させてしまいました。また、2011年にシュタルク理事やウェーバー総裁が辞任した際には、政策運営に大きな影響は見られなかったのは確かですが、これは欧州債務危機の最中でドイツだけが孤立していたからです。

一方、現状ではフランス、オランダ、オーストリア、エストニアなどのメンバーも反対に回っています。それでも緩和を望む南欧を中心とする「数の力」には劣るわけですが、ドイツだけが孤立していた過去の分裂よりも慎重に接すべき事態になっていると思った方が良いでしょう。

こうした現状を踏まえますと、ラガルド新総裁はドラギ総裁がやっていたような「迅速性を重視し多数決で突破」というような政策運営はやりにくくなると思われます。もとより調整能力に定評があるラガルド氏の気質を考慮すれば、なおのこと、機動性を犠牲にしてでも、まずは調和を重んじる運営になるのではないでしょうか


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