中銀デジタル通貨(CDBC)vs.リブラ
「現状改善は既成権力」が行うという意思表示
10月8日に開催されたEU経済財務相理事会(ECOFIN)でEUは暗号資産に係る対応策を議論し、規制や監督上の諸リスクが完全に解消されるまでは域内での発行を認めない方針を公表しました。年内には「リブラを筆頭とする暗号資産はEUでは使わせない」が公式方針として固まることになりそうです。もっとも、ここまでは「安全と思うまで発行は許さない」という10月のG20声明文と歩調を揃えたものです。
しかし、今回、ECOFINが公表した草案では「中央銀行が関連する当局と協力して中銀デジタル通貨(CBDC)のコストとベネフィットを評価し続けて行くことを歓迎したい」といった提案めいた一文も入っていました。民間主導の暗号資産(ステーブルコイン)をけん制した上で、「現状改善をけん引するのは中銀を筆頭とする既成権力」という意思表示をした格好です。CBDCが民間主導のステーブルコインと対峙する存在であることを高らかに謳った一文にも見えました。
出てくるべくして出てきた提案
もっとも、こうしたEUの動きに布石はありました。フェイスブックが今年6月にリブラ白書を公表して以降、「先進国全体で考えるべき」という空気感が充満していました。欧州においては9月13日にフィンランドで開催されたユーロ圏財務相会合のタイミングでドイツ、フランスが「潜在的な公的デジタル通貨の解決策にまつわる諸課題に関し、ECBが作業を加速させることを促していきたい」との共同声明を発表していた経緯もあります。「欧州として公的デジタル通貨を発行したい」という意向ははっきりとした既定路線としてありました。今回、それが経済や金融にまつわるEUの最高意思決定機関であるECOFINで議論・承認される流れにステップアップしてきたというのが現状整理となります。
G7を主軸とする主要国の政策当局は、現行の決済システムがコストや効率性の面に照らして改善の余地があることを公に認めてきた経緯があります。例えば今年9月、メルシュECB理事は『Money and private currencies : reflections on Libra(貨幣と民間通貨:リブラへの熟慮)』とリブラを主題とする講演を行い、「リブラが目指すようなクロスボーダー送金のコスト低下やその他効率性の追求については既存の決済システムが修正されていく中でも実現できる」と述べています。わざわざリブラのような危うい代物に乗らずとも現行の金融当局が現状を分析し、検証し、修正すればそれで事足りるという立場です。類似のスタンスは国際決済銀行(BIS)も10月の報告書で強調していました。既存の政策当局ははっきりと「CBDC を対抗軸としてリブラのような民間通貨は駆逐する」という発想を持っていると言えます。今回のECOFIN声明はその手始めでしょう。
中国にやらせるくらいなら・・・
元々、リブラが認められるとしたら1つのナローパスしかないと考えられていました。それは「中国にやらせるくらいならFBにやらせた方がまし」という消極的な発想です。実際、今年7月に行われた米下院金融委員会での公聴会でリブラ開発責任者であるフェイスブック幹部のデービッド・マーカス氏は「我々がやらなければ他の誰かがやる」と述べていました。また、この10月にはブルームバーグのインタビューに対し「5年以内に、我々が良い解決策を見つけられなければ、基本的に中国の支配下にあるブロックチェーン上で稼働するデジタル人民元を通じて世界の大部分が再接続されるだろう」とさらに踏み込んだ発言を行っていました。確かに、「中国かフェイスブックか」という二者択一ならフェイスブックに・・・という判断はあり得なくもないでしょう。
とはいえ、同じ文脈で「フェイスブックにやらせるくらいなら皆(先進国)でやった方がまし」という判断も同時にあり得るでしょう。今年8月に開催されたジャクソンホール経済シンポジウムでカーニー・イングランド銀行(BOE)総裁は法定通貨のバスケットで構成され、中銀ネットワークを通じて供給される「合成覇権通貨(SHC:Synthetic Hegemonic Currency)」がドル一極支配の不健全な現状を打破するアイディアになるという見解を表明しています。これは「フェイスブックにやらせるくらいなら皆(先進国)でやった方がまし」という考え方と親和性があるものでしょう。
「論理的に正しい」vs.「感情的に正しい」
今回、ECOFINが提案したデジタル通貨は欧州に特化した提案ですが、こうした機運が米国、日本、中東、アフリカなど大まかな地域ごとに高まって来れば、いずれはカーニー案に結びつく可能性も想起されます。なお、リブラなどの暗号資産を支持する向きの中には「既存権力が非効率な暗号資産を発行するよりも、適切な規制を敷いた上で、民間の競争原理に委ねた方が最適な効率性が実現できる」という意見もあるかもしれません。確かに、それは一理あります。しかし、それが「論理的に正しい」と思えても「感情的に正しい」と思えるかどうかは別の話でしょう。民間の競争原理に委ねて最高品質のデジタル通貨が仕上がっても心の底から信用できないのでは流通は難しいのです。やや大げさな言い方を承知で言えば、「人類として本心から受け入れられるかどうか」が大事と考えるべきだと思います。例えば、リブラで言えば、リブラが流行れば流行るほど、その分配金がリブラ協会メンバーで「山分け」されている事実に必ず目が向かうはずです。それでも「決済の利便性が向上しているから良いのだ」と割り切れるほど人々は合理的ではないと思います。
ちなみに、リブラのような「民間主導の暗号資産をCBDCで封じる」という方針は既に中国がデジタル人民元という形で声高に謳うところであり、その意味で今回のECOFINによるデジタルユーロ宣言は中国の後追いという見方もできます。次はデジタルドルもしくはデジタル円でしょうか。リブラのような民間発行の暗号資産の対抗軸としてCBDCというフレーズが登場しており、これが来年以降、さらに言及されるケースが増えてきそうなことは今から気にしておきたいところです。
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