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「正しさのない世界」を生きる覚悟

1.正しさとは

2020年の秋、18歳の高校生の女の子が、ある曲をこんな風に切り出し、日本の音楽シーンに鮮烈な閃光を放ちました。

「正しさとは、愚かさとは、それが何か見せつけてやる」

もちろん皆さん、もうご存知ですね。Adoさん(@ado1024imokenp)の「うっせぇわ」の出だしです。

それから3ヶ月後、2021年が明けてすぐ、あるクリエイターが「正しい顔」をテーマにした漫画をTwitterで投稿、瞬く間に話題になりました。ヨシカズさん (@ArochamoCOM)の『顔に泥を塗る』です。

2020年の暮れから2021年の開始の間のわずか数ヶ月に問われたこの二つのクリエイティブは、奇しくも同じ問題意識を世に問うものになりました。それはもちろん「正しさとはなんだ?」という問い。

そして今日の結論を最初に書くと、2020年代は、「正しさ」の意味を問い続ける時代になるだろうということなんです。そしてもっと話を進めるならば、おそらく、「正しさ」という価値判断は極限まで微分され、その意味が持つ本来の安定的な姿を喪失し、これまでのどの時代よりも「正しさ」が動揺する時代になるだろう、そのように予感しています。

2.陰謀論の世界

そのように思ったきっかけは、日経に上がった一本の記事でした。

陰謀論については、ここ数年、特にオンラインでの動きがコロナにより活発になった2020年に各所で話題になった事象です。ただ、記事にもあるように、陰謀論やフェイクニュースといった現象は、現代に特有の問題ではありません。

一方で、誰かが意図的に虚偽情報を流したり、根拠のない噂話が広まったりする社会構造は今も昔も変わらない。19世紀末から広まった「シオン賢者の議定書」。ユダヤ人が世界を支配しようとしていると記した偽の書物は、人々の反ユダヤ主義の感情をたき付けた。大虐殺に行き着いた過去を経た今でも、憎悪犯罪を引き起こしている。(上記引用記事より引用)

陰謀論やフェイクニュースが流通するのは「今も昔も変わらない」のです。ただ問題は、正しい情報も間違った情報も、ネットとSNSの整備によって、指数関数的に流通速度が早まった点でした。そして更に都合の悪いのは、記事が指摘しているように、「フェイク(虚偽の)ニュースは根拠が確かなニュースと比べて6倍の速さで拡散する」のです。つまり、人間の品性は100年前と変わってないだろうけれど、現在の世界においては「偽の情報」のほうが、「信頼できる情報」よりも、圧倒的に流通しやすいという社会構造が準備されてしまったわけです。「悪貨は良貨を駆逐する」とは言いますが、ここまで極端な結果が提示されると、むしろ「良貨としての情報」を選び取ることの方が困難に見えますし、多分そうなのでしょう。2020年の一年を振り返ると、それを実感します。

3.ドレスの色を見てみよう

さて、そのような社会状況の是非については僕は論じることはできません。僕は社会学者でも法学者でもないからです。ただ、この状況に対して個人である僕たちはどのように世界を見るべきなのか、その「視野」に関する考察はできます。

この時、一つの画像についての話が役に立ちます。数年前に話題になった、あるドレスの「色」について。皆さん、リンクの記事に飛んでいただいた先のドレスは何色に見えるでしょうか。

僕には「白と金」に見えます。でも、「青と黒」に見えている人もいるでしょう。このドレスは、世界を巻き込んでの大論争になりました(テイラー・スウィフトまで反応したのですから!)。なぜそんな論争になったのか。それは、「白と金」に見える人には、「青と黒」には見えないし、「青と黒」に見えている人には「白と金」には見えないので、お互いに相手が何を言っているのか、全然わからないからです。つまり、このドレス一枚が世に問うたのは、「クオリア問題」と呼ばれる、世界認知の根源的不可能性だったのです。それは、自分と他者が見ている世界が同じであるかどうかは、誰にも証明も確認もできないという問題です。

なんだか難しそうなことを書いてしまいましたが、簡単に言えば、このドレスが人によって違って見える理由は、頭の中の環境光の影響の問題なんですね。我々のような写真を生業にしている人間には、割とお馴染みの問題ではあるのですが、これに関してあまり長々と話をしていると本稿の内容からずれ過ぎるので割愛します。興味のある方はこちらの記事がとてもうまくまとめられていると思われるので、ご参照ください。

このドレスの話を経由して、今回お伝えしたいことは、視覚という最も人間にとって原始的かつ基本的な認知デバイスさえ安定した結果をもたらさない、ということなんです。ドレスなんていう、どう見たって誤解しようのない物質相手でも、環境光の影響で、簡単に人間の視野は誤認を起こします。そうならば、言語のような、より複雑で、記号的で、象徴的な認知形式であれば、人間はより簡単に騙されるだろうと推論することができます。

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4.「正しさのない世界」

こうした状況に対して、「より正しい情報を流通させなければいけない!」とか「より正しく世界を認識する訓練を積もう!」と、正攻法の解決策を模索することは、かえって問題をこじれさせる可能性があります。なぜなら、人間の基礎的な認知メカニズムは、基本的には古代から変わっていない古いOSである一方で、世界全体の情報量もその流通速度も指数的に増大していて、我々の認知能力の限界を、とうに世界の方が超えてしまっているからです。ドレスの色でさえ誤認してしまうような古い認知システムに乗っかった状態で、複雑に情報が絡み合った世界を「自分は正しく認識できる」と考えることほど、恐ろしい予断はないと言えます。陰謀論が拡散しやすい社会の根底には、むしろ「正しい情報を認識できる」という予断が我々の側にあるからではないのか、そのように思うのです。

ドレスの問題を見ても、改めて我々の見ている世界は、基本の基本部分からおそらくは相互に相当ズレていることが推論されます。世界を構成している諸事実でさえ、個々人の認知の違いで歪んでしまう。そうであれば、「正しい認知」と呼べるものが仮にあったとしても、それを「万人に求めること」や「他者と共有すること」は難しいと想定する方が現実的です。むしろ、人間の認知で作られるこの世界には、「正しさ」は存在し得ず、個々の価値観の偏差があるだけと想定するのが、リスクマネージメントとしても妥当です。つまり、2020年代までに見えてきたのは、加速し続ける情報環境についに追いつくことのできなくなった人類が、「正しさ」から取り残される世界になったということです。そして僕らはそのような世界を生きる覚悟を持つ必要が出て来たのでしょう。つまり、正しさを求めることが難しい世界において、いかにしてよりベターに生きるかという選択を常に迫られることになります。

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5.より自由な世界を目指して

でもこれは、悲劇というよりは、むしろチャンスであると僕は考えています。Adoが「正しさとは、愚かさとは」と問い、その問いに自ら「うっせぇわ」と叩きつけたことからもわかるように、そもそも正しさというのは容易に抑圧の装置に切り替わります。僕らが今生きるのは、昨日の価値観でさえ今日にも簡単に揺らぐ世界ですが、そこにおいては「正しさ」に寄り掛かることは難しくなりつつあります。でもそれは逆に、誰かの(あるいは自分自身の)歪んだ正しさを受け入れなくても良い世界というふうに考えることもできます。それは人類がこれまで体験したことのない、根源的な意味における多様な社会への道程になる可能性があります。

写真家である僕は、世界を見る正しい目線なんてものは存在しないことを知っています。あるのは、「より妥当であるだろうと推定される像」のみで、いわば常に「判断し続ける慎重さ」を求められます。写真とは「真実を写す」と書きますが、2020年代において、その意味は遥かに深くなりました。真実なんて一つも写せないデバイスに、もしわずかでも「真実」を吹き込むことができるとするならば、それは写真家が、自ら「世界をどう見ればいいのか」という問いをずっと発し続けたその先にあるだろうからです。そしてその問いは、写真家に限らず、またカメラや写真という狭い芸術にとどまるものではなく、普通に生きる人間でさえ問い続けなければならなくなったのが、2020年代なのでしょう。

そしてこのような「問い続ける姿勢」こそが、正しさが失われ、陰謀論が飛び交う20年代以降の世界において、必須の態度の一つになってくることが予想されます。でもその態度を獲得した時、人はより自由になれると僕は信じているんです。

(冒頭の画像に関して)
滋賀県大津市の三井寺の「観月舞台」から見る夜桜の写真です。今年から舞台の上にこのように全体が反射する趣向が加えられ、新たな桜スポットとして賑わいました。その姿は本当に艶やかですので、ぜひ来年の春、ワクチンが行き渡り、移動が容易になる2022年の春、訪れてみてください。それ以外にも、大津市には素敵な桜がたくさんあります。よかったらこのツイートにツリーで下げておきましたので、ご覧になってください。


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別所隆弘 / Takahiro Bessho

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フォトグラファー。アメリカ文学研究者。滋賀、京都を中心とした”Around The Lake”というテーマでの撮影がライフワーク。インスタはこちら: https://www.instagram.com/takahiro_bessho/