必要な政府債務評価の転換
添付記事のように、政府債務が将来世代の負担という誤った認識が国民の間に蔓延ってしまっていることに、筆者は強い危機感を抱いています。
事実、政府債務が過大になれば、景気の過熱により金利が上昇して民間部門の資金調達がひっ迫するという現象が起きるとされてきました。しかし、少なくとも現状でそうした現象は起きていません。背景には、民間の資金需要が異様に弱く、政府債務残高を大きく上回る民間の金融資産残高があるからです。そして、将来世代に巨額な政府債務が引き継がれても、同時にそれ以上の民間部門における金融資産も引き継がれるという状況があるわけですから、そう考えれば政府債務の評価も変わってきます。
重要なのはインフレ率となります。なぜなら、特に日本のマクロ安定化政策面では、90年代後半以降、中央銀行の独立性が重視されるという特徴がありました。しかし、アベノミクスをきっかけにインフレ目標2%達成に向け、政府と日銀の政策連携が強まって以降は、アベノミクス以前のマクロ安定化政策とは状況が異なっています。
こうした中で、中立金利が大幅マイナスに陥り、金融政策のみでは緩和的な金融環境を作ることができない日本においては、政府債務の予算制約はインフレ率であり、その範囲内でいかにデフレ傾向が次世代に引き継がれることを是正することこそ、賢い財政支出に課された重要な使命の一つと言えるでしょう。
諸外国を見ても、中国は「中国製造2025」の中で、R&D投資の伸び率年平均7%以上を目標としています。また、「国家集積回路産業投資基金」を設置し、半導体関連技術に計5兆円を超える大規模投資を実施しています。これに対して、米国バイデン政権の成長戦略でも、コロナ対策としての「米国救済計画」で約1.9兆ドルの支出に加え、産業政策を含む成長戦略案として、物理的なインフラ・研究開発等への投資を含む「米国雇用計画」、人的インフラへの投資を含む「米国家族計画」の3段階に分けて打ち出しています。
EUでも、今年5月に電池や半導体といった戦略的な重要物資のチョークポイントを分析し、特定国への依存を低減させ自立化を図っていく新たな産業政策を公表する一方で、昨年7月に打ち出された「EU復興パッケージ」では、イノベーション支援やグリーン・デジタルへの移行などのために、合計で約1.8兆ユーロの予算を計上しています。
こうしたことからすれば、この状況では財政破綻リスクとか言っている場合ではなく、海外の産業政策の検証を行いつつ、時代の大きな変化に合わせて効果的な財政政策を実行していくことが重要になるでしょう。菅政権には、財政規律を意識する前に、グローバルスタンダードとなった新たな産業政策を速やかに決断して実行に移していってほしいものです。