インバウンドは「量から質」へ?
24年の訪日外客数は過去最高へ
7月19日、 日本政府観光局(JNTO)が発表した6月の訪日外客数は313万5600人と4か月連続で300万人の大台を超えたことが話題になりました:
1〜6月合計では1777万7200人に達しており、前年比では+66%と大幅増加です。パンデミック直前で、これまでの最高記録であった2019年同期(1663万3614人)を更新する仕上がりです。年初来の仕上がりを国・地域別にみると、韓国、中国、台湾、米国の順に多く、依然としてアジア勢が強いものの、円安メリットを大きく享受できそうな欧米の伸びも目立ち始めています。下図に示すように、今年は1月から6月まで、全ての月で過去最高の実績を上げた2019年を超える動きが続いており、同年の史上最高記録(3188万人2049人)を塗り替えることはほぼ確実でしょう:
従前の政府基本計画では「2020年に4000万人、2030年に6000万人」という目標が掲げられていましたが、パンデミックでこの達成は遅延しています。とはいえ、2024年は難しくとも、2025年中の実現は視野に入るところです。
インバウンドは「量から質」の時代に
もっとも、今後、注目されるのは人数(数量)ではなく消費額(質)の側面になりそうです。2023年3月31日に閣議決定された第4次基本計画では従前から存在する訪日外国人旅行者数という「数量」に関する指標に加え、「訪日外国人旅行消費額単価(以下消費額単価)」や「訪日外国人旅行者一人当たり地方部宿泊数(以下宿泊数)」といった「質」に関する指標も導入されていました。
具体的に消費額単価は2019年に1人当たり15.9万円でしたが、第4次基本計画では2025年に20万円、2030年に25万円という目標が掲げられています。2023年実績は21.3万円ゆえ、2025年目標は既に達成されていることになります。一方、宿泊数は2019年の1.4泊に対し2023年実績は1.27泊にとどまっており、2025年の目標である2泊を達成できるかは微妙な情勢です。
周知の通り、日本は増え続けるインバウンド需要を掃くための労働力がもはや十分ではありません。需要があっても供給に制約がある中、「数量」ではなく「質」を追求するという戦略は正しいと思います。
数字を見ましょう。今年4~6月期に関し、訪日外国人旅行消費額(1次速報値)に目をやると、前年同期比+73.5%、2019年同期比では+68.6%の2兆1370億円を記録し、四半期としては過去最高を記録しています。消費額単価で見ると23.9万円まで増えており、既に2019年実績より+50%ほど高く、2030年目標である25万円を視野に捉えています。既に確認したように、数量(人数)で見れば、2024年(1777万7200人)は2019年(1663万3614人)と比較して+6.9%しか増えていないのですが、消費額単価は2024年1~6月期で合計3兆9070億円、2019年同期は合計2兆4190億円で+61.5%も増えています。
政府が7月19日に開いた観光立国推進閣僚会議で岸田首相は「24年は過去最高を大きく更新して3500万人、旅行消費額も8兆円が視野に入る勢いだ」と述べていますが、そもそも8兆円は「4000万人×20万円」という計算で設定されている数字です。下記記事を再掲します。この中にその首相発言があります:
現状では「数量」よりも「質」が先走る格好で8兆円に届こうとしています。こうした数字を見る限り、「量ではなく質」を追求する観光立国戦略は順調に動き始めているようにも見えます。この際、岸田首相は「全国全ての国立公園に高級リゾートホテルを誘致する」という方針を打ち上げて耳目を引きましたが、まさに「質」を追求する戦略の象徴的な一手と言って差し支えないでしょう:
本当に「質」が付いてきているのか?
とはいえ、「質」をどう評価するかは難しいところです。現在明らかになっている数字だけを見れば、インバウンド1人当たりに高い金額を使わせることで人手不足の悪影響が顕在化せずに済んでいるという実情は確かにあり、「質」によるけん引と言っても差し支えないように思えます。増えている消費額単価を捉え「日本の財・サービスの潜在的価値に気づき、消費・投資の金額を増やすようになっている」という評価もできるかもしれません。
しかし、実情はもっとドライに評価すべき余地もあります。結局、円安の賜物という側面も大きいと思われるからです。例えば、今まで1000ドルの予算しかなかった旅行者を例に取れば、2019年は10万8000円(1000ドル×約108円、2019年年末値)しか使えなかったものが、現在ならば15万4000円(1000ドル×約154円、本稿執筆時点)も使える。インバウンドからすれば、2019年と同じ予算制約の下で消費・投資意欲を発揮しても、日本人には「爆買い」に見えてしまうこともあります。消費額単価に関し、2019年12月時点と2024年6月時点を比較すると、約+40%も増えています。しかし、同じ期間の円の実質実効為替相場(REER)は約▲+35%下落しています:
結局、インバウンドが日本で発揮できる購買力が約+35%改善する中、日本における消費額単価が約+40%増加したと読めば、それほど不思議なことではないようにも感じます。ちなみに同じ期間の消費額単価の伸び率に関し、国・地域別に見ると、米国は+80%以上増えたりしています。約38年ぶりの円安・ドル高水準と無関係ではないのでしょう。
「量より質」と言えば、聞こえは良いものの、「質」が消費額単価だとすると、それは円安により達成される評価軸であるため、「質のようで質ではない」という印象も抱かれます。少なくとも過去2年に関して言えば、自国通貨価値と引き換えにインバウンドの消費額単価が押し上げられたという側面は否めず、「量より質」を推し進めたと自信を持っては言いづらいです。
宿泊数の方が「質」に近い印象も
為替要因に直接的な影響を受けやすい消費額単価よりも宿泊数が増えることの方が日本の魅力を知って貰い、多くの時間を割いて貰えるようになったという意味で「質」と読みやすいかもしれません。訪日外国人旅行消費額の構成比(2024年4~6月期)を見ると、最も多いのが宿泊費(33.0%)でした。宿泊数自体が増えれば、必然的に消費額単価もまとまった幅で増えていくことが期待されます。
この点、上述したように、消費額単価と共に新指標として導入された宿泊数は上述の通り、2025年目標である2泊を達成できるかは微妙な情勢にあります。滞在日数を伸ばして貰うためには訪問地域を増やして貰うしかないわけだが、この点は交通網の整備などが課題となり得る。これは近年、人手不足と密接に関連した論点として注目されているだけに解決が容易ではないでしょう。象徴的にはリニア中央新幹線のように短時間で多くの人員を輸送できるような手段は大きな一手になりそうですが、より現実的な問題として人手不足が深刻化する地方において急増するインバウンド需要を捌くだけの交通網を用意するのは簡単ではないと思います。
なお、2019年対比で見れば、訪日外客数は未だ微増を続けているものの、宿泊稼働率(販売客室数÷販売可能客室数)は実はまだパンデミック前を回復できていません:
この辺りの分析は毎月ウォッチされている神奈川大学の飯塚先生の投稿がためになります。非常に興味深い事実を確認できますので、同分野に関心のある読者の方は一読推奨です:
宿泊関連のこうした数字は破竹の勢いを誇っているように思える日本のインバウンド産業において意外な事実でしょう。それが高級であるかどうかは別として、仮に政府が謳うようにリゾートホテルを複数誘致していくとすれば、それだけ日本国内の宿泊施設のキャパシティが拡張されることになります。しかし、それは本当に埋まるのでしょうか。円安で嵩上げされた消費額単価を判断材料として高級リゾートホテルという着想を得たとしても、その成否は決して保証されていないようにも思えます。
そもそも宿泊・飲食サービス業自体が空前の人手不足という供給制約の問題もあります。上図に示すように、「数量」である訪日外客数も伸びてはいますが、明らかに増勢が鈍ってきています。いくらインバウンド需要があっても供給能力が限界を迎えつつある実情からは逃げられません。
いずれにせよ、訪日外国人に関し、その人数や消費額も重要ですが、「日本の魅力を認める人が増えた」という状況を判断するにあたっては宿泊数といった指標もウォッチしていく必要があるように思います。