賃金インフレへの懸念強まるユーロ圏~コアは加速中~
物価上昇の主役は完全にエネルギー以外へ
3月2日に発表されたユーロ圏2月消費者物価指数(HICP)は前年比+8.5%(以下全て前年比)と市場予想の中心(+8.3%)を上回りました:
また、食料およびアルコール・タバコを除くコアベースでは+5.6%と前月の+5.3%から加速し、こちらも市場予想の中心(+5.3%)を上回っています。ヘッドラインのインフレ率の減速ペースが鈍化し、基調的なインフレ率は加速するというECBにとっては非常に不愉快な仕上がりとなっています。図に示される通り、徐々にしかし確実に総合とコアの伸び率格差が縮小しており、資源価格高騰や供給制約で押し上げられていたコスト高が幅広い財・サービスに波及している可能性は拭えません。
項目別にみると引き続きエネルギーは+18.9%から+13.7%へ顕著な減速がみられる一方、変動の大きい食料およびアルコール・タバコは+14.1%から+15.0%へ、エネルギー以外の鉱工業財も+6.7%から+6.8%へ、なにより懸案のサービスも+4.4%から+4.8%へ加速しています。特にサービスの伸び幅は史上最大を更新し続けており、後述するように、政策理事会内で高まる賃金インフレへの懸念と整合的です。明らかに物価上昇の主役がエネルギーからエネルギー以外にシフトしているのが現状でしょう。
政策理事会の賃金インフレへの警戒はかなり強い
サービス価格の伸びは賃金の伸びに起因すると考えて差し支えありません。この点、HICPと同時に公表されたECB政策理事会議事要旨(2月2日開催分)でも注目される記述が多数見られた。まず現行の政策金利水準に関しては「基調的なインフレ圧力と照らし合わせれば、現行の政策金利水準に関し“過剰な引き締め(overtightening)”という判断は時期尚早(premature)である」としており、近々に利上げが停止される雰囲気は全くありません。
その上で、今回の議事要旨では賃金への言及が非常に多くありました。実際、「wage」という単語が議事要旨に登場した回数を数えてみると、昨年9月は37回、10月は41回、12月は19回でしたが、今回(2月)は52回と特に多いものでした。2月議事要旨中では「賃金上昇圧力がインフレに対する二次的波及効果を理解する上での鍵」とされ、「2~3か月前までは穏当な動きであったが、現在は明確な加速(a clear acceleration)がある」と警戒度が上がっています。そのほかにも「経済活動の減速にもかかわらず、労働市場は例外的に逼迫した状況(exceptionally tight)が続いている」、「労働集約的なサービス業に対するインフレ圧力は減退しそうにない(unlikely to abate soon)」、「ECBの注目する賃金指標は非常に力強い伸びを示しており<中略>より持続的な賃金の伸び(more persistent wage growth)に繋がるかもしれない」など、賃金がインフレの展望においてリスクであることを隠していません。
片や、「仕事を変える人(job movers)の方が現職に残る人(job stayers)よりも賃金の伸びは高いとみられることから、それ自体は労働生産性の伸びに寄与する」というマクロ経済的な視点から、必ずしも賃金の伸びがインフレ圧力に直結するわけではないという見方も紹介されてはいます。とはいえ、最低賃金が引き上げられるような現状はやはり賃金全体の水準(scale)が押し上げられる展開に至ることが懸念されるため、看過できないというトーンが強く感じられました。
結論として「賃金物価スパイラルの兆候について幅広い同意があるわけではないが、仮に生産性の伸びを勘案したとしても、現在の賃金の伸びが2%のインフレ目標と整合的とは言えない」と締めくくられています。これほど賃金について警戒度が強い状況下、+50bpを+25bpに減速させる判断は簡単ではないでしょう。
ユーロ相場への影響。ターミナルレートは4%?
なお、金利先物市場の織り込みに目をやれば、2023年中の預金ファシリティ金利は現在の2.50%から4.00%近くまで引き上げられると見られています。3月の+50bpが公約されているため、残り+100bpが4月以降の6回の会合で引き上げられるかどうかです。1回+25bpとしても4回あれば到達する(年内最後の2回は据え置きで可である)水準はそれほど無理な想定とは言えないでしょう。仮にFF金利が巷説で予想される通り5.00%程度をターミナルレートとするならば両者の政策金利差は100bp程度まで縮小することになります。図に示されるように、昨秋より進んできたユーロ高傾向はこうした欧米金利差の縮小に応じた動きであったため、ECBのタカ派姿勢がさらに強まるという展開はユーロ高へ直結してくるでしょう。
その上で天然ガスを筆頭とする資源価格の調整が顕著に進んでいることを踏まえれば、域内の貿易黒字は再び世界最大規模に回帰する可能性が高いでしょう。金利と需給という2大要因に照らしてユーロ相場の大崩れを予想するのは引き続き難しいと考えます。
日本もユーロ圏と同様の構図?
ちなみにここにきて日本と欧米のインフレ率の差が詰まっていることも目に付きます:
2月以降は高騰する光熱費の負担を軽減する「電気・ガス価格激変緩和対策事業」の適用が始まるため日本のCPIは顕著に減速してくる可能性があります。本稿執筆時点では全国分に先駆けて公表されている東京都区部の2月CPIの結果が出ていますが、生鮮食品を除くコアベースで4.3%から3.3%へ急減速しており、政策効果が早速表れています。今後、こうした動きが全国にも波及していくことが期待されるでしょう。
しかし、東京都区部CPIについて生鮮食品およびエネルギーを除いたコアコアベースを見れば2月は+3.2%と1月の+3.0%から実は加速しています。「物価上昇の主役がエネルギー以外に移っている」という状況はユーロ圏と共通しているとも言えます。もちろん、日本の伸びはユーロ圏のそれほど大きくはありませんが、そもそも名目賃金の伸びが日欧で差がある以上、当然とも言えます。
CPIの伸び率に関し、「コアコア>コア」という構図が続くことについて今後、日銀がどのように受け止めるか。現時点で日銀は年後半に近づくに連れてこうした「ねじれ」は解消し、持続的な物価上昇にはならないと予想していますが、果たして植田新体制も同じ考えでしょうか。思ったよりもコアコアベースの伸びが落ちてこないとなれば、想定外のタカ派観測により円高が進む可能性もあるでしょう。それはメインシナリオではないものの、頭の片隅には置いておきたいものです。