「新時代の赤字」がけん引する円安相場~小作人は地主に勝てず~
「新時代の赤字」の定点観測
ドル/円相場の騰勢が続いています。結局のところ、過去2年における「米金利ではなく需給構造の変化が円安の背景」という筆者の問題意識が2024年に入ってもまだ有効になっている状況と理解しています。これは筆者の過去のnoteをお読み頂いている読者の方であれば頷いて頂けるかと思います。
デジタル関連収支に代表されるサービス収支赤字に関する議論もだいぶ市民権を得始めており、1月15日の日経新聞が使用した「デジタル小作人」というフレーズは日本の現在地を的確に表現する秀逸なものでした:
厳密には、サービス収支赤字の背景にはデジタル関連収支だけではなく、コンサルティングサービスや研究開発サービス、保険・年金サービスといった項目もあって、必ずしもデジタルだけの問題ではないですが、それが最も大きいのは間違いありません。2023年に関しては11月までの国際収支が公表されており、通年の全容は来月を待つ必要がありますが、デジタル関連収支を筆頭とする「新時代の赤字」がどれほどの規模に至っているのかという定点観測については照会も多く、改めて今回示しておきたいと思います。
1~11月分のサービス収支についてモノ・ヒト・デジタル・カネ・その他の5分類に分けてみると、合計▲2兆8194億円の赤字となります。このうちデジタル関連収支の赤字が▲5兆909億円であるのに対し、ヒト関連収支(≒旅行収支)の黒字が+2兆9766億円となっており、相変わらず「頭脳労働 vs. 肉体労働」の構図が続いています:
インバウンド需要の急増を背景としてヒト関連収支の黒字が増勢を保つ限り、サービス収支赤字の拡大傾向には歯止めをかけることができます。しかし、日銀短観などから確認できる宿泊・飲食サービス業の人手不足感を踏まえる限り、この構図はそう長くは続かないでしょう。
これに対してデジタルサービスの「単価」は米企業の匙加減で決まってしまうため、デジタル関連収支赤字の拡大傾向に着地点は見えない。まさに「小作人は地主の言うことを聞くしかない」状況で、自身の実入りはどうしても増えにくい状況があります。
伏兵としてのカネ関連収支
全体の仕上がりを決するのはデジタル関連収支とヒト関連収支の2項目ではあるものの、カネ関連収支も赤字拡大に寄与している。数字上では▲1兆5510億円の赤字で、これも過去最大を更新するペースです。これは保険・年金サービス収支の赤字が猛烈な勢いで拡がっていることに起因します。
その背景には国内金融機関が投資性の高い保険商品を多く販売した結果、自身ではリスクが抱えきれなくなり、海外の再保険引受会社と再保険契約を締結する事案が増えている実情があると推測されます。
図示されるように、2020年以降の赤字拡大ペースはかなり一方的です。今後無視できない存在になると筆者は注目しております。現時点でも見方を変えれば、インバウンドで稼いだヒト関連収支黒字の半分がカネ関連収支赤字で食い潰されているという見方もでき、「新時代の赤字」の一角と言って良いでしょう。デジタル関連サービスやインバウンドに話題が集中する中、赤字拡大に寄与する伏兵です。
円需給の展望
今後を見通すのは簡単ではありませんが、ラフなイメージと断った上でデジタル関連収支は▲6兆円程度、ヒト関連収支は+3.5兆円程度、カネ関連収支が▲1.7兆円程度、モノ関連収支が+9000億円程度、その他関連収支が概ね均衡とすると、サービス収支全体で▲3兆円程度の赤字が1つのイメージになります。貿易収支の見通しも難しいが、コロナ以前の10年平均(2010~19年)に関し、貿易収支の平均が▲2.5兆円程度でした。これと合わせると貿易サービス収支で▲5.5超円程度の赤字が想定されます。
片や、第一次所得収支は相変わらず+30兆円程度と大幅な黒字を稼ぐでしょうが、実際の円買いは黒字全体に対して25~30%程度というのが筆者試算になります。この考え方は以下で論じた通りです:
だとすれば、+10兆円程度が「円買いを伴う第一次所得収支黒字」ということになります。貿易サービス収支の赤字と合計すれば+4.5兆円程度でしょうか。ここに意外と大きな第二次所得収支の赤字が▲4兆円程度乗ってくるため、キャッシュフロー(CF)ベースで見た2024年の経常収支は概ね均衡から僅かな黒字というイメージになります。2022~23年のCFベース経常収支が赤字だったことを思えば、2024年の需給環境は改善方向が期待できます。
しかし、ここに新NISAに伴う「家計部門の円売り」(※筆者推定では7~9兆円ほど、※別noteで議論します)が入ってくるのだとすると、やはりトータルで見れば円売り超過の状況が変わらないという考え方もあり得ます。具体的な数字を交えた実態は週次の対内・対外証券投資統計などで今後確認することになりますが、これまで想定外の円安リスクとして警戒していた「家計の円売り」が足枷となっているからこそ、円安相場が解消されずに続いてしまっている実情は多分に疑われるところでしょう。
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