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地方都市の在り方をアップデートする。イノベーターの人材育成モデル 中編その②:第1ステージ 地方都市の観光ブランド再構築

第1ステージ:地方都市の観光ブランド再構築
第1ステージで発表した3グループは、大分県の対外的なブランドを再構築しようという共通した方向性を持っている。デンマーク・コペンハーゲンにある人魚姫像やベルギー・ブリュッセルにある小便小僧像のように、世界中から多くの観光客を呼び込む有名なコンテンツであっても、実際にみてみると「あれ?こんなもの?」と肩透かしを食ってしまうようなことがある。これならもっとすごいものが地元にあるじゃないかと思う人もいるだろう。
しかし、観光産業や都市のブランディングという面から見てみると、コペンハーゲンもブリュッセルも非常に魅力的な都市であり、それぞれのちょっとガッカリな観光コンテンツとうまく相乗効果を生んでいる。人魚姫の悲劇を彷彿とさせるコペンハーゲンのもの悲しい港湾の風景は観光客の心を打ち、ブリュッセルの荘厳なゴシック建築物に対して愛嬌ある小便小僧が柔らかなアクセントとなり、観光客を魅了する。重要なことは、都市にある魅力あるコンテンツを組み合わせ、観光客を始めとした対外的なステークホルダーに対して、魅力あるストーリーを提供することにある。
大分県は「おんせん県」というブランドを活用しようと試みているが、成功しているかと言われると歯切れが悪くなる。ロイター通信やトリップアドバイザーによる世界の魅力的な温泉地に大分の別府温泉や湯布院温泉は出てこず、最も市場の大きな首都圏の人にとっては温泉と言えば箱根と熱海だ。関西圏であっても、有馬温泉や城崎温泉の持つブランドのほうが強い。そもそも、大分県内で温泉が観光資源として活用できるほど出てくるのは一部地域だけである。県庁所在地があり、最も人口の多い大分市は温泉が出ない。そのため、新たな大分県のブランドを作り、対外的なストーリーを展開すべく、3つのグループが新たな挑戦を発表した。

【グループ①】 World Heritage
一番初めに発表したグループは、地元テレビ局の職員が中心となって、所属やバックグラウンドの異なる6名(社会人5名と大学生1名)で構成されている。このグループの設定したテーマは、大分県内観光地の新たな価値の発見と対外的なストーリーを作ることだ。
World Heritage(世界遺産)というグループ名が示すように、大分県内の観光名所・名跡を世界遺産と関連付け、『大分世界遺産』として観光地の認証を与え、日本で楽しむ世界遺産としてPR活動を行っていく。

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図 大分県内で世界遺産と似た風景を楽しむことができる観光スポット

具体的な観光名所の例は、下記リンク先のドローン動画がわかりやすい。


観光スポットのPRでは、大分と所縁のある企業とのコラボレーションが基本となる戦略だ。地元テレビ局の番組と連動し、テレビ番組のコンテンツとして地上波とWEB配信しつつ、Instagramなどの画像共有型SNSでコンテストを開催するなどのイベントを企画する。そのほか、麦焼酎 iichikoで有名な三和酒類とコラボレーションした『大分世界遺産とお酒のフォト・コンテスト』や、九州電力とコラボレーションして『大分世界遺産とデジタルアートの祭典』などの多数のアイデアが紹介された。

解説と講評:地元の人々が固定概念を捨てることの小さくとも大切な一歩
観光を重要な産業としている地方都市が、既存のブランドを捨て、新しい価値を生み出そうという試みは非常に難しい。子供のころから慣れ親しんだイメージや固定概念が自由な発想を阻害する。熱海の人々に「温泉」を捨ててくださいということや、愛媛の人に「みかん以外で発想してください」と言っても、アイデアは出てこない。
そのため、多くの都市では外部から来た人々やコンサルティング会社、広告代理店などに外注し、新しいブランドイメージを生み出そうとすることが多い。しかし、外注したとしても、そこで作られたブランドに地元の人々が当事者意識を持って、主体的に関わっていこうとすることはほとんどない。なかなか地元からの協力を引き出すことができず、結局、「新しいゆるキャラを作りました」という毒にも薬にもならぬ着地点になることが多い。地元の人々に当事者意識を持ってもらい、協力を引き出すためには、地元の人々が自分たちで新しいブランドイメージを考え出すことに挑戦しなくてはならない。グループ1の発表は、「大分と言えば温泉」という固定概念に縛られがちな、地元大分の人々が温泉から脱しようとした面で挑戦的であると言える。

また、別府や湯布院のような全国的に有名な観光地に依存せず、大分県全体で観光ブランドを構築しようとしている点が面白い。それは、大分県の歴史からの呪縛を打ち壊す発想だからだ。
大分県は歴史的な背景から、県全体が共通の意識やアイデンティティを持っていないという特徴がある。朝鮮出兵での敵前逃亡の咎で大友家が1593年に断絶して以来、大分は8つ(中津、杵築、日出、府内、臼杵、佐伯、岡、森)に分割され、1876年の府県統合で現在の形ができるまで283年もの間、まったく別の自治体として歴史を歩んできた。各藩からの飛び地も多く、温泉地として有名な別府や湯布院は、江戸時代、幕府領熊本藩預地であった。そのため、大分というアイデンティティよりも、市単位でのアイデンティティの方が強い。
このことが、ただでさえ限りある地方都市のリソースを分散させることになり、地方活性化の上で障害となってきた。しかし、このことは大分県内に多様性があるということであり、1つの県の中で様々な楽しみ方ができるという観光資源の豊かさもさしている。県北部の中津市には日本100名城の中津城があるほか、数多くの武家屋敷が各自治体に残っている。グループ1の『大分世界遺産』は、大分県全体での観光ブランドを作る認証制度であり、各自治体の多様性や独自の観光資源を活用して、新たな価値を生み出そうとしている点で、優れたポテンシャルを秘めている。

【グループ②】串焼きの町、うすき
グループ2は、大分県臼杵市の職員が中心となって、県庁職員や銀行員、大学生で構成されている。大分県臼杵市は、大分市の南に位置する人口4万人の町だ。「頑固一徹」の語源になった稲葉一鉄の次男、貞通を初代藩主として持ち、歴史ある武家屋敷街と国宝臼杵石仏が観光名所となっている。また、竹灯籠で武家屋敷の街並みを照らす「竹宵祭り」は大分県を代表するイベントの1つだ。しかし、これらの観光資源で集まるのが高齢者ばかりであり、若者の来ない街となっている課題を抱えている。尚且つ、日帰り観光客が大半を占め、観光客1人当たりの消費額も少ない。
そのため、グループ2は若者向けに「串焼きの町」としてのブランドイメージを生み出していくことに挑戦している。串焼きに着目した理由は、「①片手でもつことができ、インスタ映えするインパクトのある見た目を演出しやすい」「②開発コストの安い串焼きのため、観光客を飽きさせない多様な商品展開ができる」「③観光客の20%が食を目的としており、大分県の既存市場だけでも144万人の年間観光客が潜在顧客として期待できる」「④臼杵の平安後期から続く醸造技術を活かした、新たな熟成肉グルメの開発余地がある」という、既存産業との相性や市場分析から、ポテンシャルを秘めた事業であると考えられている。
臼杵市の名産である竹細工を活用し、竹串自体にも付加価値を与えることもでき、ジビエ・海鮮・スイーツ等、なんでも串刺しで楽しみ、串料理だけでフルコースが楽しむことができるほどのバリエーションの豊かさで、1回の旅行では食べつくすことができない串焼きグルメで観光客のリピートを狙う。
串焼きでのブランディングについては、地元大分や福岡市内の女子大生10名を対象にユーザーヒアリングも行い、7割が是非参加したいと好意的な評価を述べ、何度でも遊びに行きたくなるような仕組み作りが良いという発言が出ていた。また、学生同士の交流や他大学とのインカレ・イベントを開催して欲しいというアイデアも出され、繋がりを求める現代の若者のニーズもヒアリングでは得られていた。

解説と講評:食から始める地方創生
食と町おこしを絡めてブランディングを行い、成功を収めた例は数多い。有名なところでは、1999年の町興しの話し合いから生まれた静岡県富士宮市の「富士急焼きそば」だろう。B-1グランプリにおいては第1回と第2回は第1位、第3回は特別賞となり、都心から気軽に足を延ばせる距離感から富士宮市の観光にも一役買っている。その成功パターンは全国に飛び火し、今や「ご当地焼きそば」は1つの食と観光ジャンルにまで成長している。大分県にも、カリカリに炒めた触感が楽しい「日田焼きそば」が存在する。
しかし、グループ2の面白いところは、他所の土地で成功したメニューの派生品を作るのや、古くからある特定のメニューを足掛かりにするのではなく、まったく新しい食のジャンルを生み出そうとしているところだ。「串に刺して供される料理」という緩い縛りだけを設けることで、地元の料理店や食品会社が独自のメニューを展開し、企画に参加できるようにしている。
また、「片手で持つことができる飲食物」はSNSで流行する飲食物の1つの傾向でもある。韓国のチーズハットグ、台湾のタピオカミルクティー、バンコクのマカロンアイスなど、数多くのグルメが観光客を魅了している。
串焼きはインバウンド観光客向けにもアピールできる余地がある。串料理は世界中に見られ、料理のバリエーションが多い。インドネシアのサテ、トルコのシーシュ・カバーブ、アルメニアのルーラケバブ、中国北部のヤンローチャン、ギリシアのスローバブキ、ジャマイカのジャークシュリンプなど、多種多様な串焼きが世界で楽しまれている。つまり、串料理は世界共通の文化であり、魅力を相手にイメージしてもらいやすい。
串焼きの町としてのブランディングは、世界中で楽しまれている串料理のメッカとして成長できる、大きな潜在能力を秘めている。

【グループ③】冷麺で「別府」を世界へ
グループ3は、地元の立命館アジア太平洋大学1年生の男子学生がリーダーで、社会人4名が支えるというユニークなチームだ。別府市は戦後満州から帰還した引揚者が多く、冷麺を供する飲食店が数多くある。2009年には、別府市主導で「別府冷麺プロジェクト」が開始され、名物として売り出されている。この別府冷麺を、米国市場向けに展開し、冷麺の海外市場を作り出そうというのが、グループ3のテーマである。リーダーの大学生が学ぶ立命館アジア太平洋大学は、6000人の学生の半数を92か国・地域からの留学生が占めるという国際色豊かな環境であり、そこでの学びが活きた内容だ。
具体的には、米国で冷麺市場を創るために3つのアプローチが発表された。1つ目のアプローチは、ロサンゼルスでの店舗出店だ。ロサンゼルスは、新しいことや食べ物にチャレンジし、新たな流行が生まれる場所であり、アジア系住民も多く住む都市である。そのため、「冷たい麺料理」というアメリカの食文化にない料理を展開し、新しい食文化を発信していく拠点として選択されている。
2つ目のアプローチは、インスタント食品としての冷麺の展開である。カップヌードルや即席麺は、今や世界的なよく文化と言え、大きな市場を形成している。日本経済新聞によると、即席めんの世界小売販売額は約4兆円規模であり、増加傾向にある。しかも、市場は特定企業による寡占状態にあるわけではなく、数多の企業が入り乱れる群雄割拠の状態にある。最も大きな世界シェアを持つ台湾の頂新国際集団でも14.5%であり、次に規模の大きい日清食品ホールディングスでも11.2%にとどまる。規模が大きく、増加傾向にある市場特性と、プレイヤー数が多く、新規参入の余地があるという特徴は、新しいビジネス機会となりうる。グループ3の第2のアプローチは、即席めん市場の新領域として、「冷麺」で新規市場を創り上げようという挑戦だ。
3つ目のアプローチは、立命館アジア太平洋大学とのコラボレーションによる商品開発である。元ライフネット生命創業者の出口治朗氏を学長に迎えて以来、立命館アジア太平洋大学は食品メーカーとコラボレーションし、独自ブランドの商品開発を推進している。学生はもちろんのこと地元民や観光客からの人気も高い学食メニューのタイカレーを再現した『世界の出口カレー』や、フンドーキン醤油と共同開発した『はちみつ醤油ハラール』、大分銘菓ざびえるの開学20周年記念パッケージなどの商品展開がなされている。
このラインアップの新たな1つとして、『世界の別府冷麺』を売り出そうというアイデアだ。立命館アジア太平洋大学の在校生や卒業生が、母校の味として自国に持ち帰ってもらうだけで、92か国地域に広めることができ、味や商品へのフィードバックを得ることができる。このグローバル市場へのテストマーケティングの場として、大学を活用しようという、在校生ならではのアプロ―チとなっている。

解説と講評:地方から直接世界を狙う
新しい事業を始めようとしたとき、まずはスモールスタートだと言って、地理的に近い地元の小さな市場から始め、国内市場で体力をつけてから世界市場に行こうとするパターンを多く見る。インターネットがこれほど普及し、グローバルビジネスのハードルが高かった時代では、「地元の小さな市場で成功してから、段階を踏んで大きな市場に進出する」という成功モデルが一般的だった。
しかし、インターネットと国際物流の技術革新が起き、グローバルビジネスが、企業規模を問わず(個人であっても)、誰でも簡単に挑戦できる世界になってから成功モデルに変化が生じている。新たに事業を考えるときから、世界市場を睨み、常に世界市場との関係性を意識し続けながら意思決定することだ。グループ3の発表のユニークさは、この世界との関係性を常に意識するという「Think Globally, Act Locally」の原則を下敷きにして発想できているところにある。
国際経営学の分野では、ここ10年程、「生まれ持ったグローバル企業(Born Global Firm)」に注目が集まっている。創業時から世界市場を見据えてビジネスモデルを作り、創業後間もなくから事業収益の過半数を海外市場から得ているようなベンチャー企業のことを指す。エストニアやトルコ、台湾、オーストラリアでよく見られ、代表的な企業はSKYPEだ。エストニア生まれのSKYPEは、登場と共に瞬く間に全世界に広がりを見せた。また、台湾では完成品組み立て委託や3Dプリンターによる試作品製作請負などのビジネスが、生産拠点を持たない欧米の研究開発型ベンチャーを顧客として成功を収めているケースを目にする。
これらの「生まれ持ったグローバル企業」が生まれやすい背景は、自国に魅力ある消費市場がないことだ。規模が小さすぎたり、経済成長が鈍化していたりすることから、企業としての成長機会を海外に求めなくてはならない。このような状況は、今の日本の地方都市の現状と重なることがある。東京に拠点を置かないのであれば、今の日本の市場は厳しい状況にある。たまにマスコミで経済評論家が日本のGDPの大きさを背景にして、国内市場の魅力を訴えかけているが、そんなものは東京だけの話で、地方でビジネスをスタートさせるのならば当てにしてはいけない。
グループ3の挑戦は、地方発グローバルで、冷麺の食文化を持たない海外市場で新たな食文化を作ろうという点で野心的であり、イノベーターとしての可能性を感じさせるものであった。

小括
ステージ1の3グループは、固定概念に縛られがちな地方都市の観光産業において、独自の発想から大分県の観光資源を捉え直すことができている。このような、既存の産業やビジネスの延長線上ではなく、少し飛躍した発想をすることが、大きなイノベーションを生み出すときの種となることはよく知られている。
エドワード・デボノ教授が1967年に提唱した水平思考は、優れたイノベーションを起こした起業家や芸術家、音楽家などに共通してみられる思考法として紹介されている。水平思考は、論理的に思考するのではなく、多様な視点から物事を見ることで直感的な発想を生み出し、斬新なアイデアを考え出す方法だ。
よく分析され、論理的に導き出されたアイデアは失敗のリスクが低く、実効性もあり現実的だ。しかし、その代償として、得られるリターン(成功)も相対的に小さなものになってしまう。ただリターンが小さいだけならば良いが、その結果として、問題の本質的な解決にならず、先延ばしにしているだけというケースも多い。
例えば、消滅可能性都市に指定されている地方都市が、人口減少を食い止めようと地元住民一丸となってお祭りイベントをいくらやったところで、消滅可能性都市である現状が変わることはほとんど期待できない。なぜならば、消滅可能性都市は20 - 39歳の女性人口の割合で決まるため、問題解決のためには若い女性の流出を防ぎ、大都市圏から流入させることに繋がる施策以外は効果が期待できないためだ。そして、20 - 39歳の女性人口を増やすためには、各地方都市が固定概念に捉われず、独自の解決策を考え出すことが求められる。
ステージ1の3グループで発表されたプロジェクトは、固定概念に捉われず、独自の解決策を考え出すという思考能力の研修効果がよく確認されるものだったと言えよう。まだ、社会課題を解決するという面では十分ではないところもある。しかし、基礎となる水平思考を身に着けたことで、今後、プロジェクトを実現させていく実行プロセスを通じて、解決すべき社会課題が明確になり、更なる飛躍が期待できるものであった。

続いての第2ステージは、「水資源と地方創生」をテーマとした、2つのグループからの発表を紹介していく。

(その③に続く)

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