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多様性って楽しい、心地よい!!

ふと、「おでん屋 たけし」の記事が目に止まった。おでん酒場というジャンルの店らしい。多くのおでんはカツオだしとコンブ主体だが、「たけし」は、焼いたトビウオからとった「あごだし」がメインだという。サブの「鶏だし」にも驚かされる。ラーメンでよくある「鶏白湯(とりぱいたん)」スープよりも、さらに濃度があるタイプで、見た目は、ほぼシチューだという。「たけし」は、古くから定番のつまみの1つであるおでんに、新しい切り口で多様性を持たせることに成功した。

最近、多様性の話題に触れると、少し不思議な気持ちになる。「多様性は義務」だと感じてしまうくらい、沢山のルールや努力目標が並ぶ。でも、たけしの「おでん」にあるように、本来は、思わず試したくなるものだと思う。伝統的な「おでん」があって、多様性を持たせた「おでん」がある。だから楽しいのだと思う。慣れ親しんだものに囲まれる安心感と、新たなものに挑戦したいという適度な刺激の2つが揃うと、心地よい。そんな経験は身の回りにたくさんあると思う。

話は変わるが、昨年私が起業したきづきアーキテクトという会社は、京都にある。出張や旅行以外では初めての京都なので、もちろん実態は知らなかったが、京都に感じていた多様性とイノベーションに惹かれて、勢い本社を置いた。実際、山に囲まれ、鴨川のある風景の京都にいると、大らかな気持ちになる。歴史ある建物と新しい建造物が調和する景色も大きな魅力だ。自然と新しい刺激を楽しめる心の余裕が生まれるような気がしている。

そんな京都の同志社大で、2020年4月、初の女性学長が誕生した。古典文学の研究者で、東京育ちの植木朝子さんだ。京都に移られてからのある時、京都出身の先生、大阪出身の先生との会話で「関西弁」という言葉を使ったら、お2人から「一緒にせんといて」と言われたという。「関西といっても、特に京都・大阪・神戸は言葉のみならず、文化、風土が全く違う。関西はごく狭い面積の中にも多様性があり、東京を中心に均質性が高い首都圏とは異なる特徴がある」と続いた。

記事を読み進むと、さらに驚いた。キリスト教主義の同志社の周囲には、北に相国寺、南に御所があるという。キャンパスは仏教と神道に挟まれているのだ。普通ならかなりの違和感だと思うが、京都の多様性はこんな状況をも、いとも簡単に包み込む。立地もそうだが、同志社には、「人を個人として大事にする」という多様性を基本とする考え方が根付いているという。多様性を認め、共感まで至らなくても、自分とは違う考えの人の存在を認める寛容さを大事にしている。こうした思想があるからこそ、多様な考え方の組み合わせで、新たな創造、さらには社会の発展や進化が実現されるのだろう。

以前のコラムでも書いたが、日々意識して多様性に触れることで、自分の中に多様性が育まれ、多様な仲間と共に生きていくことができると思う。特に、共通の目的や志があり、それを実現する為に貢献したいという意思さえあれば、些細な価値観の違いなど、全く気にならない。同じことを、女優の吉高由里子さんの記事を見て感じた。彼女は多種多様な役柄を演じるのも得意だが、現場の空気をつくる「全方位」な気づかい力についても、共演者やスタッフらから高く評価されている。日ごろから、あらゆる人に真摯に接し、しなやかな現場の空気づくりを心がけている吉高さんの人柄と姿勢は素晴らしい。絶え間なく多様性に触れながら、たくさんの作品を生み出してきた彼女の中には多様性が住み着いているに違いない。

多様性初心者の人には、まず意識的に多様性に触れる機会を作ることも大事だと思う。こうした文脈では、冒頭に書いたルールや努力目標もとても意味がある。日常で多様性に触れられる機会をできるだけたくさん持てると良いと思う。今現在、開催が危ぶまれている東京オリンピック/パラリンピックも、またとない多様性の機会だ。安田秀一さんが言われているように、今後は「国ごとのメダル争い」の意味は薄くなり、五輪は多様性の祭典となると思う。こうした機会にたくさん触れることで、みんなが多様性を内包することができれば、国同士の争い、戦争さえも意味がなくなるどころか、みんなが心地よい社会が実現できるのではないだろうか。


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