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データを経営に活かすなら、まずは経営学を学ぼう【前篇】

新聞協会賞を受賞した日経企画「データの世紀」とCOMEMOの連携企画がスタートしている。すでに連携企画第3弾まで進んでいるが、今更ながら、本企画に参加してみたい。

主題となるメッセージは、「基礎理論を勉強せずに、データを盲信するのは止めよう」だ。


直近10年ほど、データ分析は東西問わず、世界的なビジネス上の関心事となっている。ビッグデータのアナリストやAIのエンジニアは、最も採用競争が激しい人材の筆頭と言える。業種や企業規模を問わず、データを活用した事業展開や経営への注目が集まっている。

データの活用が、次世代のビジネスや経営において必須となるという世の中の動きは疑いようがない。しかし、企業の取り組み事例を聞いていたり、人事部の方と話していると、データ活用に対する姿勢に不安を感じることが多い。というのも、データを活用するために基礎となる理論やセオリーを知らずに、「データを活用しないといけないから」という外発的な動機で取り組まれていることが多いためだ。データを活用するための、組織内の体制が整備されていないことが多い。


データの活用は突然生じたムーブメントではない

情報処理と情報通信技術の発展と共に、事業を通して得ることのできた大量のデータを経営に活かそうという動きがある。その動きは、2010年代に入ってから本格化し、ビッグデータ分析、機械学習、AIと呼称や鍵となるテクノロジーを変えつつ進化している。それと同時に、大量にあるデータを経営(特に組織内のマネジメント)にどのように活かすべきか、マネジメント上の問題が浮上してきた。

このような課題を解決するために、近年、欧米企業のマネジメント層や人事領域のプロフェッショナルに注目されているのが「証拠を基にしたマネジメント(エビデンス・ベースド・マネジメント:Evidence Based Management,EBM)」である。EBMとは、どのような経営手法なのか、簡単に説明すると「定型化された事実法則に基づいた意思決定」のことを指す。

EBMが注目を集めるようになったきっかけは、カーネギーメロン大学ビジネス・スクールのデニス・ルソー教授の発表した2006年の論文が契機だ。ルソー教授は、MBAホルダーの多くがビジネススクールで学んだことを実践では使わず、以前と変わらず自分の経験や勘を信じ、科学的に正しくない意思決定を下してしまうことに問題意識を持っていた。ルソー教授は、ビジネススクール教育のあり方に問題があるのではないかと考え、経営学者がEBMに注目するように提唱してる。EBMでは、多くの実証研究で確認された経営法則(定型化された事実法則)を企業経営の実践にそのまま応用しようという試みだ。

例えば、多くの日本企業では評価制度として、MBO(Management By Objectives and Self-Control)と呼ばれる目標管理制度が導入されている。MBOという言葉自体はドラッカーからの引用だが、経営学的な裏付けは「目標設定理論」と呼ばれる、メリーランド大学のエドウィン・ロック教授とトロント大学のゲイリー・レイサム教授によって提唱された理論だ。

目標設定理論では、これまでの実証研究から、従業員のモチベーションや成長意欲、業務パフォーマンスを向上させるためのテクニック(挑戦的な職務へのアサインや適切なフィードバックなど)が明らかになっている。反面、運用方法を間違えると、業務パフォーマンスやモチベーションを低下させるリスクがあることもわかっている。しかし、目標設定によって、なぜ従業員のパフォーマンスが左右されるのか、メカニズムが理論的に明らかになっているわけではない。実証研究によって明らかになった事実法則をマネジメントの現場に適用することで、得ることができた知見だ。つまり、EBMでは理論的な説明を重視せず、「定型化された事実法則」を現実の経営に当てはめ、そこから証拠(エビデンス)を得て、経営の意思決定に反映させる。


データを活用して、エビデンス・ベースド・マネジメントを実践する

EBMを活用した経営では、「定型化された事実法則」を自社の事業活動から得ることが重要だ。そのために、経営学の理論や研究成果を学ぶことと、自社に眠るデータの活用が鍵となる。勘と経験に基づいた意思決定から卒業し、データから得られた「定型化された事実法則」が意思決定の根拠となる。

データに基づいた経営で最も先進的な企業の1つは、Googleだろう。2002年、Googleはすべてのマネジャーを廃止して、管理職のいない組織にしようと試みた。管理職がいなくなることで、すべての従業員が創造性を開放させ、イノベーションが活性化するだろうと考えた。しかし、この試みは失敗することになる。

2008 年、調査チームが、マネージャーは重要な存在ではないという一部の意見を証明しようと試みたが、すぐにまったくの正反対であることがわかった。マネジャーがいなくなることで、従業員のパフォーマンスは著しく下がることが、データで示されたのだ。調査の結果、Googleはマネジャーを再開し、優れたマネージャーの条件とは何かを正確に突き止めるため、「Project Oxygen」という調査プロジェクトを立ち上げることになった。

つまり、データを活用した経営とは、従業員の行動や働きぶりを監視するのではなく、「定型化された事実法則」を得るためにある。特に、HRアナリシス等で得ることのできる従業員データは、取り扱いを間違えると従業員のパフォーマンスやモチベーションを低下させ、デメリットしか生まない危険性もある。それでは、企業はどのような目的で組織内のデータや従業員データを活用すべきだろうか。後編では、組織内のデータや従業員データの活用にて考えてみたい。



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