FRBはインフレで急旋回するのか?~雇用喪失は未だリーマン最悪期並み~
需要・供給・エネルギーのベース効果、全てが重なった結果
米4月消費者物価指数(CPI)は総合指数が前年比+4.2%上昇し、2008年9月以来、12年7か月ぶりの大幅な伸びを記録しました:
食料・エネルギーを除くコア指数(以下コアCPI)も同+3.0%と1995年10月以来、25年6か月ぶりの伸びを記録しています。ともに市場予想の中心(総合は同+3.6%、コアは同+2.3%)を超えたことで、米10年金利は1.70%近傍まで急騰し、やはり株価が崩れています。元々、4月以来、米国ではインフレ期待が高まっており、近いうちに名目金利が追随するのではないかとの思惑が燻っていました。FRBが再三強調するように(そして後述するように)、足許の物価上昇は明らかに一過性と考えられます、そうと分かっていても予想比これほど強い数字であれば金利が上がるのも致し方ない地合いにはあったと言えます。こうした金利上昇は当面継続しそうであり、株価にとっては向かい風、ドルにとっては追い風でしょう。
CPI上昇は事前に予想された通り、エネルギーの急騰(同+25.1%)にけん引されたものですが、それ以外にも自動車、とりわけ中古車も同+21.0%と大きな寄与を果たしていることが目を引きます。巷説の通り、現状では半導体の生産・供給が世界的に大きな制約を受けており、関連製品の価格に反映され始めています。その代表格が自動車というわけです。食料・エネルギーを除いたコア指数まで大きな上昇になっているのはそうした背景があります。また、最近の米国では求人数の急増も指摘されています:
要するに、今の米国からは半導体のような「モノ」に限らず、「ヒト(労働者)」の供給も滞っている状況が見て取れます。経済活動制限の解除ペースに生産要素の供給が追いついていないところへ、低中所得者層に対する給付金などによって需要も増加しているという状況が想像されます。その上、前年比で測ったエネルギー価格の急上昇(ベース効果と呼ばれる)も重なり、今回の数字が仕上がったという整理になります。FRBの言うように、これらは永続性を持つ論点とは言えず、基本的には政策修正の理由としては扱いづらいと筆者は考えています。
雇用情勢は未だ深手を負ったまま
そもそもFRBの責務は「物価の安定」と「雇用の最大化」の2つです。前者だけではなく後者の状況も踏まえ、バランスある政策運営が必要になります。この点、雇用・賃金情勢は回復基調とはいえ、深手を負ったままです。思い返して欲しいのはトランプ政権後期の失業率が3.5%まで低下し、完全雇用が実現していたにもかかわらずインフレが加速することはなかったという事実です。前掲図に示すように、最も雇用市場がひっ迫していたとみられる2019年でもコアCPIが+2.5%に到達することはありませんでした。現在、失業率はまだ6%近く、制御不能な物価上昇を警戒するのは尚早に思えます。
以下の図は景気の「山」から起算して、いつ頃にどの程度の雇用増減が生じているのかを見たものです:
リーマンショックを伴う景気後退局面は2007年12月を「山」としており、そこから26か月後(2010年2月)に約▲870万人という雇用喪失に直面し、これが最悪期でした。その雇用喪失が完全に復元されたのが77か月後(2014年5月)です。片や、今回は2020年2月を「山」とし、14か月後となる2021年4月時点では約▲820万人という雇用喪失に直面しています。つまり、単純に失われた雇用の「量」だけの話をすれば、現時点でもリーマンショック後の最悪期と大して変わらない状況です。
金融政策修正は夏場の雇用回復を待つのが現実的
こうした雇用の復元と金融政策の変更を結び付け、現状と展望を整理すると何が言えそうでしょうか。前回の正常化プロセスを振り返ってみると、完全に雇用喪失を取り戻す1年前となる2013年5月にバーナンキ元FRB議長が議会証言において量的緩和の段階的縮小(テーパリング)に言及し、同年12月から実際に開始されました。雇用復元の完了を待たずにテーパリングの検討・着手はあり得るという話ですが、バーナンキショック時の雇用喪失は▲230万人まで圧縮されていたことも事実です。つまり最悪期(▲870万人)の30%以下まで雇用喪失の幅を縮小させたところで出口戦略の議論を始めたという構図になります。
なお、当時のコアCPIは恒常的に+2%を割り込んでいたことも目を引きます。結局、「物価が+2%を超えているかどうか」よりも「雇用回復の現状と展望」を前向きに捉えた上で、政策修正に踏み切ったという側面が窺われます。そうだとすれば、雇用市場の深手が残る状況下、今回のような一過性の物価の動きだけを理由にFRBが政策修正に踏み切ることはやはり難しいように思えます。
もちろん、今回の景気後退局面では雇用の喪失・復元ペースが従来の経験則とは全く異なっています。本格的な行動制限解除が期待される夏場以降、驚くほどのペースで雇用が増えてくる可能性はあります。恐らくFRBはその結果まで踏まえた上で、テーパリングの可否を検討したいでしょう。あくまで一過性の物価上昇を捉えて、非常時の金融政策が、例えば夏場を待たずに急旋回するようなことはあり得ないと思います。