賃金と物価の好循環の幻想
日銀植田和男総裁「景気にブレーキかけず」 経済の底堅さに自信 - 日本経済新聞 (nikkei.com)
2024年の春闘賃上げ率が33年ぶりの水準となったことで、早ければ今秋にも実質賃金がプラスに転じることが期待されており、6月給与分から開始される定額減税とも相まって、個人消費の拡大を期待する向きもあります。
しかし、実質家計支出の実質雇用者報酬に対する弾力性は2015年ピークの5割強にまで低下しており、マクロで見た実質賃金となる実質雇用者報酬が増加に転じたとしても、物価→賃金→消費の好循環が起こりにくくなっています。
理由としては、先進国でも断トツの国民負担率の上昇で雇用者報酬が増えているほど可処分所得が増えていないことがあります。
また、無職世帯比率の増加も一因でしょう。むしろ世帯の3分の1以上を占める無職世帯にとってみれば、賃金と物価の好循環が進めば進むほど公的年金のマクロ経済スライド制により受給額が減ることになります。
一昨年の防衛増税報道から足元にかけて、様々な負担増の報道が相次いでいることも消費マインドを委縮させています。また、若い頃の不況経験がその後の価値観に影響を与えることが米国のデータから明らかにされており、仮にこれが日本にも当てはまるとすれば、少なくとも失われた30年の間に社会に出た50代前半までの世代の財布のひもはそう簡単には緩まないことになるでしょう。
世界でも異例の失われた30年により家計にデフレマインドが定着してしまっていることからすれば、実質賃金が安定的にプラスになった程度では、個人消費の回復もおぼつかない可能性が高いでしょう。そして、家計のデフレマインドが完全に払しょくされていない個人消費を盛り上げるためには、支出をした家計が得をするような思い切った支援策を打ち出すことが必要になるでしょう。
そして、日銀は中長期的な物価安定について「消費者物価が安定して前年より+2%程度プラスになる」と定義し、今回国債減額の具体策と追加利上げを決めました。しかし、コストプッシュにより消費者物価の前年比が+2%を上回っていても、それは安定した上昇とは言えず、『良い物価上昇』の好循環は描けないでしょう。物価と賃金の好循環には実質個人消費の拡大が必要となります。そのためには、個人消費の持続的な増加により需要拡大を通じた『良い物価上昇』がもたらされることが不可欠といえるでしょう。