なぜ「生地の生産地表示」が一歩前進になるのか?ーLVMHの方針が指し示すもの。
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なぜ「生地の生産地表示」が一歩前進になるのか?ーLVMHの方針が指し示すもの。

安西洋之(ビジネス+文化のデザイナー)

5月2日、訪日中の仏LVMHモエヘネシー・ルイヴィトンのベルナール・アルノー会長兼最高経営責任者(CEO)が官邸で松野博一官房長官に面会し、以下の方針を示したようです。

LVMHが傘下ブランドの商品で日本製の生地などを使った場合、その産地を明記することで一致した。高い技術力を持つ日本の素材産業の知名度を高め産地の活性化を後押しする。松野氏は「日本の素材は世界的に極めて高い品質・機能を持っている。どれほどの付加価値をつけていけるか学ばなければいけない」と述べた。

2022年5月2日日経新聞電子版

関係者以外は見逃してしまう、とても短い記事です。生産地として「日本製」という大きな括りではなく、産地名や企業名も視野に入れているのでは?と想像されます。

順調にことが運べば、とても意義深い展開が期待される注目すべき記事です。どうしてそう思うのか?

下のグラフをご覧ください。日本はアパレル輸出額(7,566億円)のなかで生地は30%(2,279億円)に対して、衣料品は7%(546億円)しかないのです。しかも、生地の輸出市場で目立った存在感を示しているとは言い難い。隠れた縁の下の力持ちです。

他国と比較してみてください。歴然とした差異がわかります。どこの国も衣料品と生地の比率は、衣料品の方が占める率が高いのです。

経産省「ファッションの未来に関する報告書」のP147

上図は、2021年11月から5回に渡り、経産省の有識者会議「これからのファッションを考える研究会 ~ファッション未来研究会~」で議論を行い、それをまとめた報告書のなかにあるグラフです。ぼく自身も、この研究会の委員ですが、研究会中に配布された数多ある資料のなかで、日本のあまりにアンバランスな構成比が映し出す現実に唖然としました。「これだけ生地が評価されながらも、完成品が売れていないって何なの?」と。

今回は、生産地表示が方針にあがった想像される背景、想定される今後の展開を考えてみたいと思います。

生産地表示が課題になるLVMH側の事情は?

LVMH側の事情と日本側の事情は異なるでしょうから、拙著『新・ラグジュアリー 文化が生み出す経済 10の講義』も参照しながら、前者から想像してみましょう。

第一に、ラグジュリー全般の概念が変わりつつあり、その一つの要因として消費者が企業に求めるものに変化しています。20世紀後半のラグジュリーには謎めいた神秘性あるいは神話性が求められ、「奥の院」にあるからこそ、そこに憧れを感じて高価なものを買う動機がありました。背景には欧州文化の求心力が強かったこともあります。

しかし、米国戦略コンサルのベイン&カンパニーの2019年のデータによれば、ラグジュリー品を買う若年層の60%は「ラグジュアリー企業は社会的責任を果たすべき」と答え、80%が「社会的責任を果たしている企業を好む」のです。そして、これらの購買層は、オンラインで買うことも多い。とすると、製品の製造過程について透明性を要求するようになります。

イタリアのラグジュアリー企業の団体、アルタガンマ財団事務局長のステファニア・ラッツォリーニ氏の次の発言は、上記を裏付けます。2020年のインタビューです。

ラグジュリー分野においては、職人の手によるものであること、サプライチェーンがガラス張りなっていることなどが大切になってきています。フランスの企業はこれまでもイタリアの工場に外注を出す例が多かったですが、このところの傾向としては、サプライチェーン構築の観点からフランス企業がイタリアの生産拠点を買収するケースが増えています。これは大きな変化で、以前はそれらの拠点をあまり表に出さないようにしていたのが、現在は逆に、誇りをもって消費者に生産拠点を紹介しているのです。

『新・ラグジュアリー 文化が生み出す経済 10の講義』第3章

生産拠点設置の事例として、2017年、LVMHとイタリアの眼鏡メーカーであるMarcolinがジョイントベンチャーで設立したThéliosが参考になります。これまで眼鏡生産は外注が通常であったのが、自社工場をもったのです(以下はLVMHサイト内のニュースです)。

第二に、前述の経産省に報告書にあるLVMHジャパンの社長、ノルベール・ルレ氏(この方も研究会の委員です)のインタビュー記録中(p133-134)の以下です。

私たちは近年、ラグジュリーの概念に変化が生じてきていると考えています。例えば、職人によるクラフトマンシップ、素晴らしい素材、そして革新的なイノベーションが、ラグジュリーの要素として非常に重要となっています。(中略)日本企業はこれからのラグジュリーとして大きな可能性を有していると考えています。

日本の伝統工芸・技術等は素晴らしいものが多くあり、LVMHグループのブランドでも日本の素材を使用しています。具体的にはディオールのデニムの殆どは岡山の会社と組んで製造しています。(後略)日本の職人技術をとてもリスペクトしています。日本の素材の良さを、これからも世界に見せていきたいと思っています。

新しいラグジュリーの概念にとって、日本の職人の手による素材は求められるものであり、LVMHはその素材を世界に紹介していきたい、と言っているのです。このように潜在性が高い技術がある中小企業が沢山あるにも関わらず、これらが海外展開を行うには、言語などを含め不足点が気になると指摘しています。そして以下の言葉が続きます。

外国企業が日本のラグジュアリービジネスに投資できる土壌を作ることも資本の面で肝心ではないかと考えています。

外国企業と言ってますが、当然、外国企業とはLVMHが念頭にある話を一般化して話しています。イタリアのアルタガンマのラッツォリーニ氏が語るように、イタリアの生産工場は、長い間、フランス企業のアウトースとしての役割を担ってきたのです。職人技術が高く評価されてきたからです。それが生産工場の所在を表に出し、買収をするようになっている。この方策を日本にも同じく適用と仮定すると、先の段階で投資があるかどうかはさておき、現在取引のある日本の企業が第一歩として、その所在地が明示されるのはタイミングの問題であると考えられます。土壌作りのスタートです。

生産地表示を求める日本の企業側の事情は?

これまでも日本の生地メーカーはLVMHと取引してきたわけですが、メーカーがその実績を公表するのを、LVMHはできるだけ回避してきたようです。生地メーカーは、LVMHとの取引を他社への営業ネタとして公表したいにも関わらず、技術やノウハウなどの流用を恐れるLVMHが嫌がる。

顧客側の事情も分からないわけではないです。例えば、イタリアの外注工場がファクトリーブランドを出して「あの有名ブランドと同じ素材と製法で、これだけ安い!」との売り口上をしてきました。それを散々聞かされ、ノウハウ流出のありようを、実際にぼくは目にしてきました。

同時に素材や部品供給ビジネスとは、つまり、B to Bとは、B to Cをするための絶好の学習の場であることも経験しました。B to Bを経験せずにB to Cを真っ先に目指すのは、わりと効率の悪い学びです。

このような(今後の可能性も含めた)構図のなかで、日本の生地メーカーはLVMHとの取引をどれだけ喜んでいたのか?との問いがでてきます。良い商売ができているのか?です。次の二つの推測ができます。

1,LVMHが他の顧客よりも高値で買ってくれる、あるいは同等であっても、LVMHと仕事をすることで経済的価値以外でプラス面が大きい。これであれば、第一に望むのは公表する顧客リストへLVMHの名が記載可能となることですが、第二として顧客側の経営方針とあれば、取引の事実を秘匿事項として扱うことも「仕方なし」と受け入れるでしょう。

2,LVMHに他の顧客と同等の価格、あるいは値引きを求められ、かつ、納期やサンプルなどそれ以外の項目でさらに厳しいビジネス要件を要求され、しかも、取引の事実を秘匿扱いとするようにリクエストされる。このようなケースであれば、少なくても、生地メーカーにとって顧客名公表は「悲願」になるはずです。

ぼくは上記の2つをまったくの想像で記しています。また、ある日本企業においては1に近く、ある企業においては、どちからというと2に近い、というのが現実でしょう(気分としては、顧客名を仮名としてA社とでも書きたいのですが、具体的なケースの話なので、想像でありながらLVMHと書かざるをえないのをお許しください)。

いずれにせよ、取引が公表できない状態そのものをハッピーに思う経営者は、このケースではいないはずです。よって、今回のニュースを朗報と受け止めるのが一般的だと思われます。なぜなら以下が期待できます。

a) 生産者としての尊厳がリスペクトされる文化をつくる端緒になる。ひいては公平感ある社会に生きているとの実感を生む。
b) 生地メーカー側の売価に競争原理が導入されることで、価格交渉が「双方向」の色彩がより濃いものになるかもしれない(要するに、「値上げ」提案がしやすくなる→生産効率の向上)。原材料費は衣料品の製品販売価格の10-40%と言われます(報告書のp151)。

因みに、LVMHのラグジュアリーアパレルの影響力を知るには以下、経産省「ファッションの未来に関する報告書」のP125のグラフが参考になります。

経産省「ファッションの未来に関する報告書」のP125

日本のライフスタイル産業界の文脈ではどうか?

先述したように、日本の繊維の存在感が顕著になれば、年々出荷金額(1965年:8.4兆円→2017年:1.9兆円)と従業員(1965年:72万人→2017年:10.6万人)が減少し続ける(報告書のp149-150参照)産地のエコシステムを「健康なものにする」一助になります。

将来に希望がもてない状況での延命ではありません。生地の輸出市場がある、せっかくの好機があるにもかかわらず、それを活かし切れない局面を打開する契機になりうるのです。

完成品、前掲のグラフにある「衣料品」の輸出金額は546億円という、あまりの低さの背景をぼくは説明しきれないですが、衣食住の自給自足との側面からみても産業の「頼りなさ」が露呈しているように見えます。

言うまでもなく、クリエイティブ分野も製造分野もグラフにある他国と遜色はないに違いなく、それでも歪な構成比になっている。この是正をするにあたり、これから存在感が認識されるはずの生地とのセットという枠組みは、必須のアプローチと考えられます。

経産省が推進してきたクールジャパン政策は2010年からスタートしたものです。この政策は大きく分けて、アニメなどのサブカルチャー、食や工芸などのライフスタイル、これらの2つの分野がコアだと理解しています。個々のアイテムでそれぞれに試行錯誤が重ねられているようですが、生地+衣料品は、統合的な戦略を試すによいモデルだと思います。

日本のライフスタイルが海外で評価されるには?

最後に、最近考えていることを紹介しておきます。日本発のライフスタイルが海外で評価されることと、日本に住む人たちが幸せに感じることの間が繋がっていない。この問題のありかを考えています。

その一つに、lifeに呼応する一つの日本語の言葉がないことを遠因としてみています。あるとしても、一般に使われていない。「生命」「人生」「日常生活」、これらを同一の視野に入れる概念の不足が、ライフスタイルへの自信のなさを引き起こしている可能性があります。

それによって「あなたも、我々と仕事をしたいなら、我々のようなライフスタイル哲学を良いと思うだろう?そう思わないなら仕方がない。だが、良いと思うなら、それなりの経済的評価もしてくれよ!」と価格交渉の際に言い切れないジレンマが生まれていると思うのです。

1人の生地職人が、海外の有名ブランドのバイヤーに自分の人生観を語れる日が来るのを願っています。人生観がライフスタイルをつくります。このテーマについては、数週間前、サンケイビズの連載に書いたので、リンクを貼っておきます。

写真©Ken Anzai


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安西洋之(ビジネス+文化のデザイナー)
モバイルクルーズ株式会社/De-Tales ltd. ミラノ/東京。最新著書『新・ラグジュアリー 文化が生み出す経済 10の講義』(共著)『「メイド・イン・イタリー」はなぜ強いのか?』、監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。訳にエツィオ・マンズィーニの本『日々の政治』