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リブラを全否定したECB講演【民間通貨の難しさ】

リブラをターゲットにECBが講演

9月3日、フランクフルトで開催された会議でECBのメルシュ理事が『Money and private currencies: reflections on Libra』(貨幣と民間通貨:リブラの反響)と題した講演を行いました。日本のメディアでメルシュ理事が登場することは多くありませんので、名前を初めて聞いたという方もいるかもしれません(市場関係者ではさすがに名前くらいは目にしたことがある人が多いと思います)。同氏は元ルクセンブルク中央銀行の総裁であり、ECB理事就任も7年目を迎え、この9月には欧州の銀行監督政策を束ねるナンバー2(単一監督メカニズム(SSM)銀行監督委員会副委員長)にも就任した欧州金融界の大物です。フェイスブック社のリブラ計画はその発表直後から方々で議論を巻き起こしていますが、主要中央銀行の高官がテーマをこれに限定した講演を行うのは恐らく初めてではないかと思います。この辺りを以下のコラムにまとめております:

中央銀行はなぜこうもリブラを攻撃するのか
メルシュECB理事講演で透けて見えた思惑
https://toyokeizai.net/articles/-/301556

中銀にとってリブラの何が恐ろしいのか
講演は終始、リブラにとって攻撃的な内容で展開されました。しかし、中銀にとってリブラとは何がそんなに怖い存在なのでしょうか。過去のnoteにも書きましたし(沢山読んで頂きました。有難うございました)、上記コラムにも書きましたのでここでは詳述しませんが、「銀行部門から預金が枯渇する」とか「信用創造機能が弱まる」といった類の懸念は大体にして正しい理解が乏しいがゆえの誤解です。しかし、だからといって金融政策や中央銀行にとって無害ということもないとは思います。


メルシュ理事は「金融政策の波及メカニズムを毀損する可能性」に言及しています。これは何が考えられるでしょうか。あくまで筆者の中での可能性の話に過ぎませんが、例えば「投資家としてのリブラ協会」は怖さを秘めているかもしれません。仮にリブラが大量に流通し、例えばドルやユーロに匹敵するほどの規模に達した場合、リブラの運営主体であるリブラ協会が投資家として無視できない存在になる可能性があります。リブラ協会はリブラ利用者から振り込まれた資本をリブラリザーブとして運用するバイサイドなので、「リブラの大量流通」はそのまま「リブラ協会の運用資産巨大化」を意味するからです。運用する資産規模が大きければ、必然的に市場への影響力も増すのは想像に難くないでしょう。

「投資家としてのリブラ協会」は例えばどのような弊害を持つか
例えばリブラが膨大な量のドイツ国債やフランス国債を保有する状況になっていた場合、ECBが金融政策でこれを購入しなければならない局面では対象資産の枯渇が争点になる可能性もあるでしょう。現にECBの量的緩和の際、「国債不足」が課題になった過去がありますから冗談では済まない話だと思います。逆に、リブラ協会の運営に何らかの疑義(例えば個人情報の大量漏洩問題など)が生じた場合、短期間で巨額のリブラ払い戻しが殺到し、その裏付けであるリブラリザーブ(における安全資産)も売却する必要が出てくる可能性があるでしょう。ECBの政策スタンスとは無関係にユーロ建ての国債が放出されれば、ECBは意図せぬ金利上昇に直面することになり、当該国の経済・金融情勢が好ましくない影響を受ける可能性があります。この時点で、メルシュ理事が言うように、金融政策の波及メカニズムが毀損されてしまっています。

「そもそも民間企業には無理」というスタンス
上記のような懸念はややテクニカルなものですが、それ以前の問題としてメルシュ理事は民間企業が通貨を司ること自体、「そもそも相応しくない」というスタンスを前面に出しています。講演の最後のパートでメルシュ理事は「貨幣という分野において、歴史は2つの基本的な真実(two basic truths)を証として示してきた」と切り出しています。まず1つめの真実としては「貨幣とは公的な財であるため国家権力とは不可分の存在であるということだ。それゆえ超国家的な貨幣は人類の経験による堅実な基礎を持たない脱線(aberration)である」と述べ、人類の歴史に対する挑戦(であり上手くいかない)という整理をしています。


また、歴史が示してきたもう1つの基本的真実として「貨幣とは、独立性と説明責任を持ち、それ自体が公的な信頼を享受し、また民間同士の利益対立に巻き込まれないような公的機関に裏付けられた時に、信頼性を持った上で社会経済的な機能を発揮することができる」と述べています。この点は講演中の「リブラは他の民間通貨や公的通貨と何が違うのか」のパートでも強調されており、「民間企業のコングロマリット(で運営されるリブラ)は彼らの株主や他メンバーにしか説明責任がない<中略>公的な信頼を貯蔵する存在(repositories of public trust)にはなりえない」としています。
 リブラの話になるとどうしても技術論や既存権力との対立構図ばかりが取り沙汰されますが、歴史的な目線や国家から見た通貨の存在などをしっかり(でも簡潔に)語られている講演だと思いますのでご関心のある向きは是非ご一読されることをお勧めいたします。以下が原文となります。

Money and private currencies: reflections on Libra
https://www.ecb.europa.eu/press/key/date/2019/html/ecb.sp190902~aedded9219.en.html


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唐鎌大輔(みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト)

04年慶大経卒。JETRO、日本経済研究センター、欧州委員会(EU本部)などを経て08年10月より現職。著書に『欧州リスク: 日本化・円化・日銀化』、『ECB 欧州中央銀行: 組織、戦略から銀行監督まで』。所属学会:日本EU学会。※コメントは個人的見解であり所属組織とは無関係です

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