日本企業は「腹切りプライス」を続けられるのか
可視化され始めた円安&資源高の怖さ
11月11日、日銀が発表した10月の企業物価指数(PPI)は前年同月比+8.0%と第二次石油ショックの影響が色濃く出ていた1981年1月(+8.1%)以来、約40年ぶりの大幅上昇を記録し、話題となりました:
前月比でも+1.2%と2014 年4月以来の大幅な伸びです:
円安と資源高が同時進行する怖さがいよいよ可視化され始めたと言えるでしょう。ちなみに、原油価格が1バレル150ドルに迫る勢いにあった2008年7月および8月でもPPIは前年比+7.5%でピークアウトしていました。供給制約の解消に見通しが立たないこと、資源高の一因である脱炭素化の機運は途切れそうもないこと、円安と言ってもその幅はまだ限定的であることなどを踏まえると、PPIの伸びはまだ続く可能性があるでしょう。
前月比(+1.4%)の寄与度を分解すると、ガソリンや軽油といった石油・石炭製品が+0.53%ポイント(前月比+7.9%)、鉄鋼が寄与度+0.21%ポイント(同+3.3%)、石油化学品である合成ゴムやエチレンを含む化学製品が+0.14%ポイント(同+1.7%)、非鉄金属が+0.13%ポイント(同+4.1%)と上位を占め、やはり原油や鉄鉱石など資源価格の騰勢が影響しています。
腹切りプライスは続けられない
石油・石炭製品や鉄鋼、化学製品、非鉄金属など素原材料は経済における上流であり、ここから中間財そして最終財といった下流に物価上昇圧力が移ることが予見されます。この点、PPIを需要段階別・用途別に見たものが以下の図です:
突出した素原材料の伸びは左軸の倍のスケールにした右軸で表現しています。素原材料が前年比+63.0%(前月比+4.9%)と著しく伸び、中間財も前年比+14.3%(前月比+1.9%)と二桁の伸び率であるのに対し、最終財は前年比+3.8%(前月比+1.0%)にとどまっています。最終財の中でも、消費者物価指数(CPI)と関連の強い最終消費財(国内品)に至っては前年比+2.8%(前月比+0.9%)とさらに低い伸びです。一般物価への波及はまだ感じられません。
今後の焦点はこうした「素原材料や中間財のコスト」と「最終財の価格」の乖離がどれほど持続するのかでしょう。言うまでもなく、その乖離は企業部門が吸収しているので収益を圧迫する筋合いにあります。こうした「PPIが上がってもCPIが上がらない」という構図は企業が痛みを被りながら「腹切りプライス」での商売を強いられている状況を示唆します。この状況が続くほど収益悪化を通じて雇用・賃金情勢にも悪影響が及ぶことが懸念されます。金融市場で本格的にテーマ視されれば株価にも影響が出るでしょう。耐えきれずに、値上げに勤しむ企業が増えてくれば、間隙を突くように値下げでシェアを獲得しようとする企業も現れそうです。そこにはかつて辿ってきたデフレ経済の面影もあります。
白日の下に晒されるリフレ政策の過ち
また、現在起きていることは2013年以降、アベノミクスの名の下で導入された日本の金融政策を考える上でも重要です。2013年4月以降、日本銀行は「物価が上がれば景気も良くなる」という因果を取り違えたリフレ政策を展開してきました。足許の物価上昇はこうした政策思想の過ちを白日の下に晒すことにもなります。言うまでもなく「景気が上がるから物価も上がる」のが真実であり、その意味でリフレ思想は根本的に倒錯しています。そのような指摘は筆者も含め当時から方々で展開されてきました。しかし、「やってみなければ分からない」という空気下、実験的な政策運営がまかり通ってきたのが現実です。その間、十分なインフレは起きなかったわけですが、ここにきて黒田体制下の日銀が切望したインフレがコストプッシュという格好で起きそうです。政策思想の継続性を考えるならば、このインフレ基調を断ち切らないためにも緩和は継続でしょう。当初の主張の強さを踏まえれば、将来的な糊代を稼ぐために緩和が強化されてもおかしくないくらいです。
筆者は資源高が自力で止められない以上、日本経済を守るという観点からも正常化プロセスへの意思は多少なりとも日銀から情報発信した方が良いと考える立場ですが、そうした展開に至る可能性は高くなさそうです。多くの海外中銀が正常化プロセスに関心を示している今ならば、過度な円高を心配する必要もありません。仮に円高に振れても限定的でしょうし、むしろ輸入物価を抑制するためにはその方が良いという状況にも思えます。PPIと合わせて発表された輸入物価指数(円建て)は前年比+38.0%と激しい上昇を記録しましたが、このコスト高を和らげる方法は多くないはずです。せめて為替部分でコストを抑制する努力を示す(それで円高に転じるかどうかは別として)くらいの動きはあっても良いでしょう。逆に言うと、現状起きていることに対して、日本から能動的に打てる一手はあまり思い浮かびません。
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