組織のヘルスケア
個人の健康やそのヘルスケアが重要であるのはだれも疑わない。しかし、ある意味でもっと重要なのが、「組織のヘルスケア」、すなわち組織や集団レベルでのヘルスケアである。
これは単に、個人の健康という現象を、集団レベルで集計したものではない。もっと重要なのが、人と人との間にあるもの、すなわち人間関係が良好であるかである。
組織や集団において人間関係の重要さは疑いようもない。例えば、組織の中で、人との共感や信頼や相互理解や助け合いがあるかは、誰にも大変大事なことである。パワハラやいじめなどは、この「人間関係に関する病気」と捉えることができる。そして、これは個人の心身の健康にも重大な影響のある問題である。
従来、個人レベルでのヘルスケアには、多額の予算が費やされ、装置や薬や医療機関などの巨大な産業になっている。
一方、上記の「組織のヘルスケア」には、比較するとまったく手が打たれていない。
この大きな理由は、個人レベルでの健康状態については、体重計や血液検査やレントゲンなどの計測技術が確立されているのに対し、組織のヘルスケアについては、これにあたるものが無かったからだと思われる。
計測が確立されない対象には、科学的なアプローチができない。だから、より定性的なコンサルやコーチングのような手段にとどまっている。
しかし今、人間行動や繋がりのデータから、組織レベルでよい状態かどうかを測れる計測技術がいよいよ確立してきた。我々はこの10年、名札型のウエアラブルセンサを使って多様な組織や学校や病院で、数万人レベルのデータを集めて、よい組織、悪い組織の特徴を研究してきた。データの中には、人と人とのつながり(ネットワーク)を俯瞰し、幸せで良好なネットワークの形状と逆に不幸で不健全なネットワーク形状の特徴も明らかになってきた。
例えば、人と人との繋がりの中に三角形があるかどうかは、その組織の幸せや不幸(ストレスやうつ病)や生産性に大きな影響のある重要な特徴であることが見つかっている。例えば、あなたと一緒に仕事をしている人が5人いるとする。問題は、この5人の間につながりがあるかである。それがあなたや周りの幸せや生産性に大きな影響があるのである(詳しくは拙著『データの見えざる手』第4章や第6章にも書いたので興味あれば参照いただきたい)。
今、多様な人々が、民族、年齢、性別、文化、能力の違いを超えて組織として協力しあうことの重要性はどんどん高まっている。この時、組織における問題発生のリスクも同時に高まる。
そこで、体の異常に対し様々な検査装置と客観的なデータが活用されているように、組織における問題を、データを活用することで、科学的に予防、診断、処方し、また、メンバーが自ら管理できる社会としてのシステムが必要である。これにより、組織やコミュニティの健康状態を保ち、多様な人が継続的に協力しあうこと目指したいものだ。
この「組織のヘルスケア」こそ、次の一大グランドチャレンジだと考える。パワハラ防止などは大事であるが、より視野を広くし、「組織のヘルスケア」の確立を社会として目指すべきである。