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COVID-19が誘うオフィス(ワーク)と住居(ライフ)の融合

スタートアップがオフィスを解約する動きがあるという。


現在、日本でも非常事態宣言の中、厳しく外出自粛を求められていることから、多くの企業がリモートワーク・在宅勤務を導入し始めている。スタートアップであれば、これまでもリモートワークは普通に取り入れられていた働き方のスタイルであるから、なおさらこうした動きは受け入れやすいものであろう。そのぶん、今の状況下で従来型のオフィスの必要性に疑問符がつく、ということは自然な流れである。

筆者の関わっている日本のスタートアップでも、リモートワークは以前から当たり前だっただけでなく、通えない場所に住んでいる人にも社員のように仕事に参加してもらう「リモート社員」という考え方も特に珍しくはない。

スタートアップにとっては、リモートワークとオフィスに出て働くことの違いは、さほど大きなものではない。筆者も定例的にスタートアップのオフィスに顔を出して働いているし(現在はリモート)、同時にフランスに本社のあるスタートアップの日本代表を務めているので、それを実感として感じている。

従来型のオフィスについては、不動産業界の慣行がスタートアップにとってはそぐわないものという一面があったことも、記事にあるような動きの背景として見逃せない。これは新型コロナウイルス(COVID-19)の問題が起きる前から指摘されていたことだが、オフィスを借りるためには契約時に敷金等多額の費用が必要になるし、また退去する場合にも原状回復義務に伴う費用や、また契約期間の途中で退去する場合の違約金など、この記事でも指摘されている問題が兼ねてスタートアップにとっては重い負担となってきた。

この点は通常の企業でも同じなのだが、とりわけスタートアップは成長のスピードが速く、そのスピードも予見しにくいため、必要なオフィスの要件が頻繁に変わり、限られた資金のなかで原状回復費用や違約金などを負担しながらオフィスを移転せざるを得ないことの重圧感があった。

こうしたなか、COVID-19の影響で、世の中全体がリモートワークへの移行を要請され、スタートアップの取引先もリモートワークを当たり前のものとして受け入れるようになれば、スタートアップがより効率的な働き方と手元資金の活用のために、オフィスを契約する必要性が薄れることは自然なことである。

これまでも、従来型のオフィスの弱点を補うものとして近年増えてきていたのがレンタルオフィスやコワーキングスペースなどのシェアオフィスである。weworkはその典型と言っていいだろう。シェアオフィスの多くは、通常1ヶ月毎のメンバーシップ制になっていて、入居する時に入会金を払えば高額な敷金は不要で、デスクやイスのほか、コピー機やプリンタ等一般的に必要なオフィス用品は既に備えられているので自ら用意する必要がない。退去する場合にも1ケ月前までに通告をすれば違約金等の負担なく退去することができる。

こうしたシェアオフィスの多くは、これまで単に低廉にオフィススペースを使えるだけでなく、シェアオフィス内のコミュニティー(ビジネスネットワーキング)を売りにしてきていたように感じるのだが、今後はハードの面でも大きな変化が起きるのではないだろうか。

考えてみると、これまでの日本のオフィスは、終身雇用に代表される日本型の雇用慣行をベースにあり方が規定されていた。毎日社員が決まった時間にオフィスに出社し、顔合わせながらそこで仕事をする、というスタイルである。席の位置は固定され、席の場所やデスクの大きさ、イスの肘かけの有無などが序列を表すようになっていた。

これに対応して、住居もまた毎日オフィスに通勤するための場所であり、平日であれば働き手は寝に帰るだけ、土日がつかの間のプライベートライフを楽しむ場所となっていた。言ってみればワーク・ライフが分離していたこれまでの時代のあり方を反映したものだった。

「ワーク・ライフバランス」が近年言われるようになり、これはワークとライフのバランスをとりましょうという意味だと思うが、これもワークに偏りすぎていた比重をライフにリバランスしましょう、ということであってワークとライフが分離していたことには発想として変わりがなかったと思う。実際に、現在の労働法制ではワークとライフは厳密に分けて、ワークの部分を会社が管理するということにしなければならないので、そこも実際に在宅勤務やリモートワークをする場合に実態とそぐわないという問題がある。在宅勤務中に洗濯をしていることを上司咎められるとか、さらにはトイレにばかりいってるのではないかと細かくチェックされるという、リモートパワハラまがいの過剰管理も、どうやらうまれているようだ。

これは、今までの仕事のあり方、オフィスでの働き方をそのまま在宅勤務に適用しようとしているから起きていることである。実際には、洗濯をしながら自分の仕事をするということは、法制面はおいて、個人の時間の有効活用としては、極めて合理的な行動ではないだろうか。これまで、オフィスにそうした設備がないから出来なかっただけ、ともいえる。

このエピソードが示唆するのは、ワークとライフが融合しているのが、これからの働き方になるのではないか、という仮説である。

この仮説に従うなら、これからのオフィスは、例えばキッチンやシャワーがついていることで、社員の快適性を高め、ひいては生産性を高める方向にいくことになるのではないか。実際に私が入居しているシェアオフィスにはキッチンがあり、そこでランチを自分で作ることもできるし、ランチを作ってくれる人が来て社員食堂のようにみんなでご飯を食べる機会が設けられている。これをするには一般的なオフィスの給湯室ではダメなのだ。また、シャワーもあるので、仕事後や休憩時間にランニングでリフレッシュしたり健康維持をすることも出来る。他にもキッチンやシャワーのあるオフィスを知っているが、そこにいる人たちも、キッチンやシャワーのないオフィスは考えられないと言う。

他方、住宅は今回のCOVID-19問題で、すでにワークの場になり始めており、それだけに様々な問題が露呈し始めている。これはワークの要素が加わることが想定されていない空間で働くことに伴って必然的に起きていることだ。在宅勤務をするためには、ワークに向けた場所が住居の中に備えられてなければいけないが、今の一般的な住居にはそれがない。

考えてみると、かつて農業や漁業を営む家では「土間」という場所があったが、土間は、住居の中にありながら半分は仕事場で、半分は生活の場として使われていた。こういった、ワークとライフの両方に活用できる、いわば土間の現代版がこれからの住居には必要になってくるのではないだろうか。また、小さな子供がいる家庭では、地域のシニアなどにベビーシッターを頼みながら親の夫婦が仕事をするといったこともあるかもしれない。そうなると、これもやはり昔の日本の住居にあった「女中部屋」が参考になりそうだ。ベビーシッターさんが来てそこで着替えたり、仕事の準備をしたり休憩を取ったりする部屋が必要になってくるかもしれない。これは現代のオフィスで言えば、ロッカールームの縮小版と考えることもできるだろう。

こうして、ワークとライフの境界があいまいになるなら、オフィスと住居の境界もまた曖昧になる、ということでもあるだろう。こうした環境が整うなら、状況によってオフィスで働いてもいいし自宅で働いてもよいのだ。その時に一番いいアウトプットを出せる場所を各自が選択すればよい、ということである。

このように、オフィスのあり方が変わるということは、住居のあり方が変わるということでもある。提示した仮説に従うなら、これまでは単に駅から近く、立地が良いかどうかというところが不動産価値の大きなウェイトを占めていたが、今後、この点に大きな変化が起きるのかもしれない。

そして、これは働き方、ひいては生き方の変化を意味するのだが、長くなるので、これについては稿を改めて考えてみたい。

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