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医師は「わからない」と言える勇気を持つべきであり、知らなければ間違ったことを言うべきではない

 体調がすぐれなくて医療機関にかかると、多くの医師はその症状から考えられる原因を考えて必要に応じて検査を行い、効果が期待できるであろう薬を処方することになります。患者さんからすれば医師は病気を治すのが当たり前だと思っているでしょうし、そうでなければ何のために診療をしているのかということになってしまいます。しかしながら医師は神様ではありませんので、病気のことが何でもわかって何でも治すことができるわけではなく「わからないものはわからない」し「できないことはできない」のです。開業前に僻地の医療機関で非常勤で診療をしていた時に患者さんに「私にはここまではわかるけれどもそれ以上のことはわかりません」と説明したら「あんたはそれでも医者なのか」と叱責されたことがありました。その地域では病院にかかれば何でも解決してくれることが当たり前になっているのでしょうか。

 私は医師になってから長い期間、大学病院をはじめとする大病院の勤務医でしたので、かかりつけ医では良くならない病気を抱えた患者さんの診療を中心に行ってきました。大学病院はいわば「最後の砦」ですので、よほどの事情がない限り他の病院に紹介するということはありません。その理由として多くの専門医の集団組織であり、多くの精密検査ができる施設であることから、たとえ最終診断にたどり着かなくても「大学病院で検査をやってもわからなければ仕方がない」「教授に診てもらえたので良かった」等々の理由で納得する方が多いように見受けられます。私の専門とする感染症内科の患者さんの多くは急性疾患であり、良くならない病気の代表的なものは「不明熱」(原因不明の発熱)が多い印象でした。発熱と言っても全てが感染症であるわけではなく、膠原病や悪性腫瘍等、感染症ではないことも少なくはありません。むしろ他の原因がわかった方がこちらとしては安心するのですが、感染症の可能性が高かったとしても病原体が確定できずに自然に回復してしまうこともあります。患者さんからは「何が原因なのですか?」とよく聞かれるのですが、正直なところ、いろいろと調べた限り「わからない」のです。

 2019年に開業し、現在はプライマリケアを中心とした医療を行っていますが、国内の診療所ではまれな「感染症内科」を標榜しているので、インターネットから検索するのか、一般の方では聞いたこともないような感染症の相談を全国から直接受けるようになりました。大学病院に勤務していた時は情報提供書(紹介状)がない患者さんの診療をすることはほとんどなかったのでそれほど多いとは感じなかったのですが、日常の診療の中でこんなにも感染症で困っている方が多いのかと改めて感じています。私は感染症の中でも「寄生虫感染症」が専門なので、特に問い合わせが多いのがいわゆる「サナダムシ(条虫症)」なのですが、ほぼすべての方がお尻から長い紐状のものが出てきたと言って来られます。私のところに来ていただければ本当に寄生虫なのかそうではないのかは最終的にほぼ確定できますが、近所の診療所を受診して、さらに大きな病院を紹介され、そこでも確定に至らず私のところに来られる方も少なくはありません。ただ問題なのは、大学病院であっても感染症科ではない他の診療科で間違った薬が出されている場合が散見されることです。該当科の医師は正しい知識がないにもかかわらずに「わからない」とは言わずに効果があるだろうという思い込みで処方をしているわけです。

 日常でよく処方される抗菌薬も然りです。「かぜに抗菌薬の多くは効かない」ことをわかっていながら、こじれた患者さんには「強い抗生物質を出しておきます」などと言うことが多いようです。「強い」というと「即効性がある」という印象を受けますが、これは誤った説明で、抗菌薬に強弱などはなく、正確には強いというのは「強力」というのではなく「多くの微生物に効く」ということなのです。従って病原体がわかっている場合には効果はかえって弱くなってしまうことがありますが、そのような場合でも感染症診療の基本である病原体の検索がなされていないことがほとんどです。

 このように私のところは他院からのご紹介ではなく患者さんが直接来られることが多いので、感染症診療に関してこんなにも間違った診療がされていたのかと残念に思ってしまうことが少なくはありません。

 感染症の話題で最も関心のある新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関しても同様のことが言えると思います。昨年からメディアを中心に多くの専門家と称する方々が発言をしてきました。私もその一人ではあるのですが、まだこの世に出現して1年足らずの感染症に高い専門性を持つことなどはほぼ不可能です。私の場合はこれまでの専門である「輸入感染症」「渡航関連感染症」「院内感染対策」「予防接種」領域の研究と経験から得られた知見をベースに、実際に診療した知見を重ね合わせてリアルタイムに情報提供を行ってきました。一方で「ウイルス学」や「疫学・公衆衛生学」領域の知見はどちらかと言えば専門外ですので、もし意見を求められた際にはわからないことや自信のないことに対してははっきりと「できません」と伝え、その時点で確かではないことは「わかりません」と伝えています。番組にもよるのですが、「わからないことは言わなくても良いですから」と配慮していただけることもありますが、「何とか言って下さい」と半ば強制されることもあります。

 実際の患者を診療していない人が患者の評価をしたり、感染管理の経験のない人が対策の話をしても説得力に欠けるとは思うのですが、一応「感染症に詳しい」とメディアから紹介されれば視聴者は専門家と思うことでしょう。さらには「教授」と呼ばれる人であればその分野のエキスパートと見られがちですが、今回のCOVID-19に関しては必ずしもそれが一致している訳ではないように感じますし、時には間違ったことを仰っていることもある気がしています。わからないなら正直に「わからない」「自分は専門外」と言えば良いと思うのですが、肩書が譲らないのでしょうかね。メディアの方も肩書のある同じ方ばかりではなく、その都度それに対する確かな知見のある方からのコメントを発信していただきたいと思います。

#日経COMEMO #NIKKEI

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