ポリアモリーをやってみたら、自分のロジックが壮大に崩壊した話。
あなたはポリアモリーという概念を知っているだろうか。
1990代のアメリカで広まった概念で、それを牽引したデポラ・アナポールという学者が書いた「ポリアモリー -恋愛革命-」は、2004年に日本語版が発売されるも即完売。現在は中古でもかなりの高額で取引されている。
そんなポリアモリーとは、
・複数の人と
・同時に
・性愛関係を築く
・ライフスタイル
のこと。
前述の書籍には「出版社からのコメント」として、こんな文章が添えられている。
昨今ビジネスの世界で頻繁に叫ばれている「サスティナブル」という表現が19年前にこんな場所で語られていた。
突然だが、僕がそんなポリアモリーを実践し始めたのは6年前。
そして先日、日本でポリアモリーについて語り合うポリアモリーウィーク・ジャパン2023に登壇してきた。
今日はその際の話を、実際の登壇スライドを踏まえながら振り返ってみる。
■嘘と誠実
僕が連載している「誠実なクズとしてのポリアモリー」というマガジンがある。
当日は、このタイトルをつけてから現在まで。自分の心境の移り変わりについて解説した。
6年前、僕はポリアモリーというライフスタイルに誠実性を感じていた。理由は「ポリアモリーという関係性は嘘を前提としていないから」だった。
僕は当時「嘘をつく」という行為に嫌悪感を抱いていた。嘘をつきたくないし、嘘をつかれたくない、と思っていた。
だからポリアモリーをはじめてから、パートナーには「恋愛関係において嘘をつかないでほしい」と頼んだ。
しかし実際、その場面が訪れた際、僕はひどく動揺した。
自分のパートナーが「他の男性とデートしてくる」と言って出かけた日、僕は寝られなくなった。
大手を振って送り出した以上、詮索するわけにもいかないし、ただモヤモヤして、締切も迫っていない原稿に手をつけていた(ビールを片手に)。
いわゆる嫉妬とは少し違うような気がして、例えるなら受験の合格発表を明日に控えたような「緊張感」だった。
徐々に慣れるような気もしたが、「これは精神衛生上よくない」と判断し、僕は翌日パートナーにこんな話をした。
するとパートナーは訪ねた。
僕は答えた
「適当に嘘でもついてほしい」
と。
■ロジックの前提が崩壊
壮大な前言撤回だった。
あれ程まで「嘘をつく」という行為に嫌悪感を抱いて「嘘をつきたくないし、嘘をつかれたくない」などと言っていた自分が、気がついたら相手に嘘をつくことを懇願していた。
ポリアモリーは嘘をつかないから誠実。
と思っていた自分のロジックが崩壊した。
「誠実なクズとしてのポリアモリー」
なんてタイトルをつけておきながら、自分自身がポリアモリーについてわからなくなっていた。誠実についても、クズについてもわからなくなっていた。
それまで「誠実 ≒ 嘘をつかないこと」と思っていた自分の前提が崩れ「じゃあ、誠実ってなんなんだ」と再び考えはじめた。
改めて考えてみると、パートナーが僕の依頼を受けて嘘をついてくれるとしたら、それは誠実な嘘と言えると感じたし、
逆に僕が「自分はポリアモリーなんだから!」と相手に嘘をつくことを強要したとしたら、それは「クズ」だと感じた。
つまるところ、話はポリアモリーの定義に戻り、何よりも大切なことは「当事者間の合意」だった。
■聞かなければ、聞かない。
実践当初、「ポリアモリーは嘘のない誠実な世界」と思っていた僕の考えは徐々に変化し、その過程でポリアモリーの中にも色んなパターンがあることを知った。
例えばフランスでポリアモリーを研究しているFranklin Veauxはこんなマップを書いている。
この中で、僕の状況に当てはまるものがあった。
Don't Ask.Don't Tell.
つまりは「黙認するポリアモリー」というスタンスだ。
実際、例の一件以来、僕はパートナーに予定を聞いてしまう癖を改めようと考えていた。
これがまさに"Don't Ask.Don't Tell."で「ポリアモリー ≒ なんでもオープンにするのが正しい」わけではない、ことを知った。
「嘘をつかないこと」が誠実だと思っていた6年前から、今は「聞かないこと」が(僕とパートナーの間では)誠実に変わりはじめている。
■実践で前提は変わる
いかがだったろうか。
「そんな簡単なこと、ポリアモリーなんてやらなくてもわかってるよ」
という声が多数かもしれない。
でも僕はやらなければ、わからなかった。
ポリアモリーを実践するまではロジックだけで解ったふりをして、それを自分の都合のいいように解釈をして、自分の中に孕んでいた矛盾と向き合えていなかった。
それに気づけただけでも、ポリアモリーを実践してみてよかったと思う。
積み重ねた幾重ものロジックは、たった1回の実践でその前提が変化することを知った。
これから先、いつまでポリアモリーを実践するかはわからないが、きっとこの数年間と同じように、自分は少しずつ変化していくのだと思う。
(ちなみにポリアモリーウィーク・ジャパン2023の本番は来週からスタートします)