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「一部の企業は国内で主導権を握るため、愛国心を隠れみのに利用している」と言われている。

「経営者、政治介入で受難の時代」というタイトルの英「エコノミスト」の翻訳記事を読み、世界各国の政府と企業は抜き差しならない微妙な境界に足を踏み入れたのだなあ、とつくづく思いました。現状を見据えるに役にたつ刺激的な記事です。一部を抜粋しながら、メモを残していきます。

(因みに、我田引水で恐縮なのですが、長期的な視点に依拠した文化創造モデルとしての「新・ラグジュアリー」が、実は、この記事と相性が良いとも思いました)

冒頭の文章にその苦悩ぶりがドンという勢いで記されています。

企業の最高経営責任者(CEO)は長い間、政府が定めた制約の中で、従業員やサプライヤー、そして何より株主のニーズのバランスをとるという難しいかじ取りを強いられてきた。だが、今やその難易度はかつてなく高まっている。各国政府が企業行動を操作しようとするなか、世界は危険で無秩序な場所になりつつある。グローバル企業とそのCEOは、気づけば四方八方に引っ張られている。

国内では数々の制約に縛られる一方、国外はその制約の数々が無秩序に立ちはだかっているがゆえに、どちらを向いてもリスキーである、というわけです。だから、「無傷の多国籍企業は皆無に近い」のです。

これらすべてが、1970年代以降に米国と西側諸国の大半で幅を利かせた政府と企業の暗黙の了解を覆している。企業は所有者の富を最大化し、効率と繁栄、雇用を約束することで株主価値の向上を目指した。政府は税金を定め、ルールを作成したが、総じて企業に干渉しなかった。このシステムでは利益が社会全体に均等に行き渡りはしなかったが、貿易は盛んになり、消費者はより多様な選択肢と安価な商品の恩恵を受けた

グローバル化賛歌という時代があった・・・というニュアンスがありますね。利益の配分は不均等であろうと、およそのところ、利益をあまり享受できない人たちも恩恵を受けられるシステムであったことが、このシステムを維持してきた背景である、と読めます。しかし、このシステムは機能しなくなったのです。各国政府は統制を強化せざるを得ない理由があったのだ、と。

だがルールは変わった。新型コロナウイルス禍によるサプライチェーン(供給網)の混乱や、増大する中国の脅威、気候変動の危険性が引き金となり、各国政府は統制色を強めている。企業のCEOには新しい時代の新しいアプローチが必要だ。

次は、その新しい方向が顕在化してきた例です。経営者はポピュリズムに嫌悪感を示す方法、自社の美徳を示す方法を見いだし、そこにESG投資がうまくはまったと示唆しています。

トランプ前米政権時代に先駆けて、企業の政治参加が復活し始めた。CEOは社会問題で立場を明確にすることで、ポピュリズム(大衆迎合主義)に嫌悪感を示す方法、さらには従業員や顧客に自社の美徳を示す方法を見いだした。米資産運用最大手ブラックロックのラリー・フィンクCEOがESG(環境・社会・企業統治)投資を提唱するようになったのもこの頃だ。

このエコノミストの記事では、この方向の行き過ぎを指摘しています。いわば、中庸が中庸になりえていない、ということでしょうか。

しかし、これは社会問題の解決につながるどころか、ひたすら分断を深めるように思われた。フィンク氏は右派からは踏み込みすぎだとして、左派からは不足だとして悪者扱いされている

英国では、大手銀ナットウエスト・グループのアリソン・ローズCEOが、同国の欧州連合(EU)離脱運動の火付け役で元欧州議員のナイジェル・ファラージ氏の政治的価値観を理由に、同氏の銀行口座を閉鎖した問題で辞任した。こうした対立は経営者を傷つけるが、長期的な収益にはほとんど貢献しない

以上の例を読むと、一部のCEOの判断ミスとも受けとめられやすいですが、もっと政府の大きな網のなかに企業は絡めとられていると記事は言及します。グローバル化賛歌ではなく、国内転換に向かうことで、国家安全保障と気候変動という2つの大問題の解決を図ろうとしている、ということです。しかし、そう容易くはない。

実際の問題はもっと範囲が広く、犠牲になるものも大きい。政府は同時にあらゆる分野に首を突っ込んでいるようだ。というのも、製造業の雇用を取り戻すことで、グローバル化の問題を是正しようとしているからだ。重要技術を保護することで国家安全保障を強化し、脱炭素化を加速させることで気候変動に対処したいと考えている。

それぞれの目標にはそれなりの価値がある。だが、実現する手段には不備があったり、トレードオフ(相反)を伴ったりする。製造業の雇用は、いわれるほど高い収入をもたらすわけではない。

その難解さの実態と構造を示しているのが、次の段落です。政府が懸命に規制を強めれば強めるほどに、その実行の現実性が低下します。かといって、それを企業のCEOが批判するのも、ままならない。「ウオーク(社会正義に目覚めた企業や人々)」批判については、ここを見てください。

米国では、1兆ドル(約142兆円)規模にのぼるとみられるクリーンエネルギー補助金が事業効率の低下を招き、企業や消費者のコスト負担を引き上げるだろう。米政府は、国家安全保障を守るには「(規制対象を絞って厳重に管理する)スモールヤード・ハイフェンス」が必要だと説明するが、政策当局が補助金や輸出規制、投資規制のリスクを明確にしない限り、ヤード(規制対象)は広がり、フェンス(管理の厳しさ)は高くなる公算が大きい

こうした問題は大企業にとって、性的少数者らへの処遇を巡る議論よりもはるかに影響が大きい。しかし「ウオーク(社会正義に目覚めた企業や人々)」批判の波紋が広がるなかで、保護主義を非難する覚悟のあるCEOはほぼいないだろう

注意を要するもう一つの現象にも、この記事は触れています。愛国心と国内戦略の関係です。新興国の十八番であったのが、欧州や米国でも愛国心を「利用」していると言うのです。

一部の企業は国内で主導権を握るため、愛国心を隠れみのに利用している。これは中国やインドなどでは昔から常とう手段だったが、今や欧米にも広がっている。2022年、米インテルが国内で半導体製造工場の建設に着工すると、パット・ゲルシンガーCEOは「国家の誇りが湧き上がってくるのを感じた」と語った。

生成AI(人工知能)を巡っても同様の愛国主義が見て取れる。米著名投資家マーク・アンドリーセン氏といったVC界の重鎮は、中国のAIが世界を征服するリスクに恐怖感を示している。

グローバル化は地域を無意味にさせるものでしたが、以下の部分は、現在、地域を「うまく使い分ける」知恵が必要であると語っているように思えます。

米国では、Z世代の若者に人気の新興ファッションネット通販「SHEIN(シーイン)」が、中国発祥であることを隠そうとあの手この手を尽くしているティックトックも同様で、親会社の字節跳動(バイトダンス)が中国企業だというのは「虚構」だと主張している。

欧米企業のCEOは、米EV大手テスライーロン・マスクCEOのようなうるさ型でさえ、中国では沈黙が大切だと学んでいる。同氏は5月末から6月初めに訪中し、テスラの上海工場を視察したが、報道陣には非公開とし、ツイッター(現X)への投稿さえ控えた。

しかしながら、小手先の戦略ではサバイバルできません。「頭隠して尻隠さず」の企業の数は枚挙にいとまがないでしょう。そのような姿は信用を低下させるだけです。

だが、どちらの戦略をとっても容易に道を誤る可能性がある。世界各地で事業を展開する場合、愛国心を鼓舞するのは問題がある。インテルは米国だけでなくドイツにも工場を建設している。米国の多国籍企業が持つ海外子会社は平均8社だが、米自動車大手ゼネラル・モーターズ(GM)のような巨大企業は100社を擁する。

目立たぬよう身を隠す戦略だとCEOが考えていても、他者には現実逃避に映ることもあり得る。米国の議員にティックトックはどこの企業だと思うか聞いてみるといい。

このような実に微妙な状況と選択肢のなかで、記事は「長期的な株主価値を指針にすべき」と書いています。

ではどうすべきか。対立の絶えない世界では、企業は政治や地政学に背を向けるわけにはいかない。しかし、ウオーク批判から得られる教訓は、率直な発言は裏目に出る可能性があるということだ。グローバル企業のCEOは、声を上げるか否か判断する際、長期的な株主価値を指針にすべきだ。その声が自社のビジネスに直接的に影響を与えるほど、CEOの信用は高まり、詐欺師や偽善者とみなされるリスクは減る。

このアプローチは、効率性と開放性がかつて世界経済にもたらした恩恵を政治家に再認識させることができるかもしれない。政府内にどちらの支持者も不足しているような場合でも、(CEOがその利点を説けるのであれば、)それほど悪いことではないだろう。

社会的な発言や指針が短期的な利益を狙うと、「足元をみられる」というか「本音が透けて見える」と言われ、「グリーンウォッシュ」との批判をうけたりするわけです。本記事で延々と問題点を指摘してきて、「短期的から長期的」という点にあるべき姿を集約させたのは、それだけ「短期的」な見方が蔓延しており、それが諸悪の根源になっているということでしょう。

この記事は、「サステナビリティ」「ビジネスと文化」をキーワードにしている人たちにとってお勧めです。

写真©Ken Anzai


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