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「意味わからん」「訳わからん」

娘と話をしていると、なんども出てくる―「意味わからん」「訳わからん」。親父が言っている「事柄」は分かるけれど、なにを言いたいのかの「意味」がわからない、「訳」がわからない。これは、若者との会話が成り立たない、世代間ギャップというような単純な話ではない。この言葉に、現代社会を読み解く鍵がある。

NHKの朝ドラ「とと姉ちゃん」の主題歌、宇多田ヒカルの「花束を君に」が流れていたころ、さわやかで、透明な声に、心が癒された。しかし「花束を君に」の二番を聴くと、イメージが変わった。実は「花束を君に」は、宇多田ヒカルのお母さんである藤圭子さんが自殺して亡くなられたお葬式の朝に、“こんな形でしか感謝の気持ちを示せない”と、涙色の花束を贈ったという「葬奏の歌」だったのではないかと思いつく。
それまで「淡々と悲しみを歌いあげている」風景から、お葬式の朝に花をお棺に入れる風景へと、突如、変わる。淡々とした色彩から、モノトーンな色合いに変わる。それ以降、この唄を聴くと、その朝の風景と色が目に浮かぶ。

花を贈るという文化があまりなかった日本に、花を贈り合う文化が生まれた。いろいろなタイミングで、花を贈る。その花は単なるモノではなく、花に贈る人の想いを託す。しかも花ごとに、意味を変える。しかし花を贈る人と花を贈られる人で、その花の「意味」が共有されていなければ、「意味わからん」「訳わからん」となる。

宇多田ヒカルの「花束を君に」に関連すれば、葬儀のお棺にどのような花を手向けたらいいのだろうか。白い菊やユリやカーネーションを手向けるのが「常識」だが、赤いチューリップをお棺に入れたら、まわりの人はどう感じるだろうか。お葬式に赤いチューリップは不謹慎ではないか、こういうときは白い菊やユリで贈ってあげるべきではないと、周りの人は感じる。しかし亡くなった本人が生前、“赤いチューリップが好きだったようだ”と聴くと、好きな赤いチューリップとともに、どうか極楽浄土に、天国にいってね、と祈るようなイメージに変わる。

花の種類によって、意味が変わるだけではない。花を贈る、贈られるという「人と人の関係」で、意味が変わる。
たとえば男性が女性に赤いバラを贈る。これはイメージできる。では、女性が男性に赤いバラを贈ったら、どんなふうに映るだろうか。花を贈るという行為や現象、状態は同じだが、意味が大きく変わる。

ここで質問。「AさんがBさんに、赤い花束を贈った。それはなんのためか?」と問われると、大半の人は「Bさんのことが好きですというAさんの気持ちです」と答えるだろう。しかし「AさんもBさんも男性ですよ」というと、「えっ?」となる。また「Aさんは女性で、Bさんは男性だ」というと、「意味わからん」「訳わからん」となる。このようにAさんとBさんの属性と二人の関係が変わることによって、大きく意味が変わる。

「意味が変わる」メカニズムがある
たとえばパソコンになにかデータが送られてきたが、それを開けられない、読めないという経験がないだろうか。
AさんがBさんに文書を送った。「ワード」で送った。しかしBさんのパソコンにインストールしているのが「一太郎」だったら、BさんはAさんの「ワード」で書いた文書は「開けられない」ので読めない。次にBさんが書いた「一太郎」を、Macの「C」さんに送ったら、どうだろう。やはり開けられないので読めない。
「意味わからん」「訳わからん」の真の理由がこれである。相手が理解できるような「形式」に変換されていないのだ。

プレゼントでも、よく起こる。たとえば「日本で年間100個しか作れない」チーズがあったとする。このチーズを何も言わずに渡しても、“単なるチーズ”としか受けとめられない。すごいものをプレゼントしているのに、相手が喜んでくれない。「日本に100個しか作れない」チーズだという暗号表をチーズとセットして贈らないと、相手はそのチーズの意味が分からない。“なんでこのようなチーズをくれたの?”と「意味わからん」「訳わからん」となる。

なにが起こっているか。これらの社会でおこるものの多くは「エンコーディング」と「ディコーディング」の失敗。「エンコーディング」とは暗号化で、情報の送り手がメッセージ内容を受け手に伝わるように変換すること。「ディコーディング」とは暗号の解読、送り手が作った暗号の意味を情報の受け手が読み解いていくこと。「意味わからん」「訳わからん」という言葉が出てくるのは、この「エンコーディング」と「ディコーディング」が失敗しているのだ。

この「COMEMO」を、また「意味わからん」「訳わからん」と娘に言われないだろうか。

来週は、なぜコミュニケーションが成り立たないのか、なぜセクハラがおこるのか、社会でおこっている物事のいろいろを「エンコーディング」と「ディコーディング」の観点から、さらに考えていく。




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