テーパリング陣営にECBも参加へ~取り残される日本~
にわかにテーパリングの機運
目下、市場の注目はFRBの一挙手一投足に注がれますが、9月9日の政策理事会を前にECBの量的緩和の主軸であるパンデミック緊急購入プログラム(PEPP)の縮小を予感させる情報発信が相次いでいます。8月30にはビルロワドガロー仏中銀総裁はPEPPの購入ペースに関し「われわれが議論するに当たり、こうした資金調達環境の改善を考慮すべきだ」と発言しています。これに続くように8月31日、クノット・オランダ中銀総裁が9月9日の政策理事会の選択肢について「(PEPPの2022年3月終了と)矛盾しない決定がなされると見込んでいる」と述べ、「つまり、購入ペースの減速を意味する」と明言している。バイトマン独連銀総裁もホルツマン・オーストリア中銀総裁も類似の発言をし始めています。政策理事会1週間前になって堰を切ったように出てくる一方向の情報発信からは何らかの意図を感じます:
こののいけば9月以降、PEPPのテーパリングが開始され、3月末までの7か月間かけて手仕舞いするという話が濃厚になります。ECB高官からここまではっきりPEPPの終了に言及があったのはこれが初めてです。既に政策理事会に向けた内部のすり合わせは始まっていることを踏まえれば、無風と見られた9月会合はユーロ買い材料になる可能性もあるでしょう。
デルタ変異株の感染拡大がこれ以上不測の事態を招かないと割り切るならば、ECBもPEPPの撤収を検討し始めるのが妥当です。3月・6月と経済見通しは改善傾向にあり、9日発表のスタッフ見通し改定も上方修正の可能性が高いです。だとすれば、3月に決断された「a significantly higher pace」は撤回が自然でしょう。実態として夏季休暇も挟みつつ、購入ペースは明確に減速しており(図)、9日の政策理事会で現状追認ということにしてしまおうというのが本音なのかもしれません:
もはや「量」を追う必要がなくなっている
経済見通しが改善していることは元より、そもそもPEPPの購入ペースが「a significantly higher pace」と設定された今年3月時点では米10年金利を筆頭に世界的な金利上昇圧力がありました。これを抑制するためのPEPPであり、あくまで「量」は手段、達成すべきは「安定した資金調達環境(financial conditions)」という構図にあったのです。図からも分かるように既に足許の域内金利情勢は3月以前の水準に戻っています。上述したように、既にPEPPの購入ペースが減速しても金利環境が安定しているのですから、無理に「量」を追求する理由はありません。前述のビルロワドガロー仏中銀総裁が「資金調達環境の改善を考慮すべき」と述べるのは正論です:
片や、米金利は3月からピークアウトしているものの、ユーロ圏金利ほど押し下げられているわけではありません。結果、ユーロの対ドル相場も軟化傾向にあり、ここでもECBは通貨高を念頭にした「量」の追求を図る必要がなくなっています。購入ペースの減速を検討できる好機でしょう。
インフレ期待も修復済み
また、クノット総裁は「PEPPには明確に定義された目的がある。新型コロナウイルス感染拡大がインフレ見通しに与えたダメージの修復だ」とし、その目的の達成が近いとの見解も示しています。この点、ECBが伝統的に重視する市場ベースのインフレ期待(5年先5年物インフレスワップフォワード)は完全にコロナ以前を復元しています:
未曾有の緩和によってインフレ軌道が従来の安定軌道から逸れないようにするという目的は概ね達成されたと言えるでしょう。
成長率・金利・物価といった基礎的な経済・金融情勢はPEPPの減速を明らかに正当化しており、あとは「変異株の感染拡大をどれほど重く見るか」です。この点、合理的な予想が難しい論点だけに、ラガルドECB総裁は保守的な一手で静観するのではないかと筆者は考えていました。しかし、ドイツ、フランス、オランダ、オーストリアといったコア・セミコア国々からテーパリングを正当化する声が出ている中、静観を貫く方が難しくなっているようにも見受けられます。
こうなってくると、コロナと共存の上、実際に高い成長率を実現し、金融政策の正常化にまで漕ぎ着ける欧米と、漫然と新規感染者数をカウントして緊急事態宣言を続ける日本との間の格差は正視に耐えかねるほど大きなものになってくる可能性が非常に高いように思います。かかる状況下で円が対ドルはもちろん、対ユーロで値を上げることは考えにくいのではないでしょうか。筆者は欧米金融政策格差を背景としてユーロ/ドルが年度内に1.15を割り込む展開を予想していましたが、ECBが本当に3月のPEPP終了を図るのであれば、それはFRBよりも早く「量」の撤収が終わることを意味しかねません。それでも政策金利がマイナス圏にあるユーロが劣勢であることに変わりは無いのですが、9月9日会合の情報発信次第では想定すべきユーロ/ドルの下値を切り上げることも検討が必要かもしれません。
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