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「嵐の前の静けさ」を警告するIMF ~「潜在的な発作」に構える世界~

2022年、「より不透明(more uncertain)」なのは新興国

1月10日、IMFは『Emerging Economies Must Prepare for Fed Policy Tightening』と題したブログを掲載しました。米国を筆頭とする先進国の中央銀行による正常化プロセスが新興国からの資本流出を促し、これに伴って発生する通貨安やインフレ、そして(望まぬ利上げに伴う)景気停滞が到来する可能性が警告されています:

1月12日に開催されたイベントでもゲオルギエワIMF専務理事がインフレ抑制を目的とした利上げは先進国と途上国の間の格差を危機的な水準にまで拡大させる恐れがあるとやや踏み込んだ発言をしていました。2022年は多くの市場参加者にとってFRBの利上げやその先にあるバランスシート縮小(いわゆるQT)が焦点にならざるを得ませんが、国際資本移動が活発化された今日、FRBの正常化プロセスは世界の資本コスト押し上げを通じて世界、とりわけ対外経済部門が脆弱な新興国を巻き込むことが懸念されます。過去にも見られてきたパターンの混乱ですが、パンデミックも絡んで、問題が一段と大きくなりそうな可能性は確かに感じられるものです。

今回、IMFが新興国の見通しに関して「より不透明(more uncertain)」と形容しているのは大袈裟ではないでしょう。現状、多くの新興国はインフレ率および公的債務の高止まりに直面していますが、この点についても「新興国の政府債務残高は2019年以降、2021年末までに名目GDP比で10%ポイントも押し上げられ64%に上ると推計される」と述べられています。もっとも、そうした政府部門の債務負担増は先進国も同様であり(上図)、新興国だけが突出して膨らんでいるわけではありません。

問題はそのような政府部門の負担と引き換えに実体経済が押し上げられているわけではなく、例えば米国と比べれば景気も労働市場も勢いを欠いているという点にあります。そうした成長率の劣後は先進国に比べて新興国の医療体制が脆弱で、ワクチンの調達・接種状況も劣後しているという防疫政策上の問題点にも起因していると考えられ、早晩解決しそうにないことも問題です。ちなみに上図にも示すように、政府部門の債務増加に関して言えば、日本は全世界的に見ても非常に大きい(GDP比で+24%ポイント)ことが分かります。「政府部門の負担の割に成長していない」という意味で日本は新興国と似たような課題を抱えているわけです。今回の本題からは逸れるが、足許の円独歩安の背景にはこうした実情があると筆者は考えます。

話を新興国に戻しましょう。FRBの利上げはまだ始まっておらず、多くの国にとってドル調達コストはまだ低位安定しています。しかし、インフレ率や自国通貨安に伴って外貨調達に支障が出ることを恐れブラジルやロシア、南アフリカのように早くも利上げに踏み切る国は現れています。あくまで自己防衛的な利上げですので、それ自体が景気を傷つける政策運営でもあり、長く続けられないことは明らかでしょう。IMFはこの状況が極まれば新興国経済が沈み、先進国経済との格差が著しく拡大することを懸念しています。

脆弱な新興国群「BEAST」

IMFのメインシナリオはあくまで軟着陸です。年後半にかけて供給制約が緩むことに加え、各国で拡張財政の巻き戻しが需要を抑制する展開も予想されるため、インフレ率は減速が既定路線として見込まれています。確かにFRBの利上げは調達コストを押し上げますが、あくまで「市場との対話」で形成されたコンセンサスを逸脱しない程度であれば、新興国の混乱も限定されるというのが「歴史(history)」だとIMFは論じています。米金利上昇に伴って新興国通貨が売られることは免れないとしても、通貨安による競争力改善と好調な外需も相まって景気減速は和らぐとIMFは指摘します。

しかし、リスクにも言及があります。結局のところ、インフレの先行きは供給制約や感染状況の先行きに依存しているという意味で不透明です。現状では一応上手く進んでいる「市場との対話」に沿って年3~4回の利上げで済めばショックは限定されるでしょう。しかし、よりハイペースでの利上げが必要になればその限りではありません。米金利上昇やこれに伴うドル高が新興国からの資本流出と安定した関係にあることは図を用いても強調されています:

この際、政府債務残高や経常赤字が大きく、政情が不安定な国から順に狙われるのが常であり、これらの観点から脆弱性の大きそうな国としてBEAST(ブラジル・エジプト・アルゼンチン・南アフリカ・トルコ)なるフレーズも現れています。現に、これらの国の通貨は過去の正常化局面でも荒れることが多かったという事実はあります。詳しくは発表が延期されている世界経済見通し(WEO)を待つ必要がありますが、恐らくはWEOの作業過程でこうした議論があるものと推測します:

 「潜在的な発作」を警告

もちろん、資本流出や通貨安、結果としてのインフレに見舞われた新興国は利上げや自国通貨買い為替介入、財政支出削減などの対策を講じることが予想されます。しかし、そうした財政・金融上の引き締め政策は通貨安やインフレを抑制する一方、内需の勢いを削ぐものでもあります。結局、FRBの正常化に伴い生じる混乱に関し、放置しても対応しても相応のコストを伴うという「難しいトレードオフ(difficult tradeoffs)」に新興国は陥るリスクがあります。このトレードオフに対しIMFは「明確で一貫性のある政策計画を提示することで市井の人々の理解が得られ、物価安定に寄与する」と対話の重要性を説きますが、現実的にはFRBが想定以上に正常化プロセスのアクセルを踏み込めば、新興国中銀の情報発信などは殆ど市場で聞いて貰えない公算は大きいでしょう

より具体的には、外貨建て債務については為替ヘッジを推奨し、借り換えリスク抑制のために債務の長期化(期間の短い債務を長い債務へ借り換えすること)を推奨するなど基本的な財務上の提案もIMFは言及しており、こちらの方が堅実な対応と言えそうです。また、パンデミック以前から企業部門の債務が大きく、不良債権残高も高い新興国では、今後、資金調達環境が厳しくなることに備え、破綻の枠組みなども備えておくべきだと述べられています。実際のところ、新興国通貨売りなど為替市場に起因するショックは急性的であり、今から地道な方策を進めることが結局は迂遠に見えても最終的に報われやすいのは事実でしょう。

ブログの最後の一文でIMFは新興国に対し「経済混乱に伴う潜在的な発作(potential bouts of economic turbulence)」に備えよと締め括っており、利上げ前の現在を「嵐の前の静けさ」として、今回の情報発信がなされたことが良く分かります。なお、「FRBの正常化プロセス→新興国の混乱」が激化した場合、FRBの正常化プロセス自体の進捗にフィードバックしてくる可能性は大いに考えられ、そこまで考えれば現在、新興国に懸念されているリスクは先進国の資産価格動向を見通す上でも大いに注視すべき論点であると言えます。FRBは基本的に米国の経済・金融情勢に応じて政策を調整するのが本筋だとしても、2022年はそう言い続けるのが難しい年になりそうなことは否めない事実です。2015年12月に始まった前回の利上げ局面でも、新興国の混乱を横目に正常化プロセスのペースにブレーキがかかることはあったことを思い返したいところです。

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