副業制度の4つの方向性
増える副業マッチングサービス
ここ数年、雨後の筍のように数多くの副業マッチングサービスが生まれている。特に急増しているのが都市部と地方の副業マッチングだ。その仲介人として新たな事業を展開しているのが地方の銀行や信金といった金融機関だ。人手不足の地方に対して、副業で大都市から人材が来てくれれば、地方の企業にとって助かるだろうという見込みがある。
しかし、副業人材が入ったところで、受け入れ先の企業は果たして本当にメリットが見込めるのだろうか。また、副業人材を送り出す本業の企業にとって、地方の企業に人材を送り込むメリットは果たしてあるのだろうか。
そもそも論として、外部の人材に活躍してもらうことは容易なことではない。中途採用者の定着は難しい問題で、中途採用が当たり前になった現代でも多くの職場で依然として残っている課題だ。また、外部人材の活用というとコンサルタントを活かすことの難しさも長年の課題だ。単純にコンサルタントの力不足が問題となることもあるが、それ以上にコンサルタントを受け入れる企業側のノウハウ不足でプロジェクトが思う成果を上げることができなかったという事例も多い。つまり、副業人材という外部人材を使いこなし、狙った通りの成果を得ることは簡単なことではない。
それでは、副業制度を設計するときに、どのようなことに気を付けるべきだろうか。現在の副業の状況については前稿にて整理した。そのうえで、副業を受け入れている企業の制度を概観してみると4つの方向性が見えてくる。
副業制度設計の4つの方向性
副業制度は、制度設計をする企業側は「人材育成」と「副業経験の本業への直接的・間接的フィードバック」を目的とすることが多い。直接的フィードバックは、例えば自動車ディーラーが自動車製造ラインの生産管理を副業することで前工程を理解して、営業トークや販促活動に反映するようなケースだ。副業で得た知識や経験が、そのまますぐに本業でも使える。一方、間接的フィードバックは、モチベーションの向上やキャリアの目標設定のように、業務には直接関係しないが良い影響をもたらす要因だ。例えば、長年、小学校の教師生活を送ってきた教員が、地方のまちづくり会社で働くことで働くことの新鮮な刺激を受けて、心機一転本業にも力が入ることがある。
人材育成目的と一言で言っても、その力の入れようにはレイヤーがある。もっとも高い水準で求めるのは、役員以外の副業を禁ずる場合だ。役員となることで、起業家精神や経営者の視点を身に着けることを期待する。また、副業先の企業やプロジェクトを予め人事部の方でリスト化するところもある。そこまでしなくとも、副業をすれば何かしら得るものがあるだろうと、特に内容に関してはタッチしないというケースもある。
このような副業制度の狙いを整理しつつ、リクルートやサイボウズ、富士通、ロートなどの企業で実施されている副業制度を整理すると4つの方向性(経営人材育成型、カフェテリア型、無審査型、コミットメントシフト型)が見えてくる。
経営人材育成型
経営人材育成型の副業は、起業か役員就任したときのみ兼業を認めるパターンだ。長く会社員をしていると、経営者視点を学んだり、起業家精神を育むような経験を積めることは稀だ。どちらかというと、言われたことをやるほうが多く、経営者視点や起業家精神とは真逆の働き方を求められることも多い。しかし、将来の経営幹部候補や管理職には、部門責任者として少なくとも経営者視点や起業家精神を持って欲しいと考える経営陣も多い。そこで、社内で学びにくい起業家精神や経営者視点を学ぶ場として、起業と役員の兼業のみを認めることがある。
また、一般的に、会社員として働くよりも役員クラス以上は自分の働く時間を自由に融通利かせることができる。そのため、本業との労働時間の兼ね合いをつけやすく、本業への影響も少なくできる。
しかし、起業や役員就任の副業は利益相反をはじめとしたコンプライアンスへの対処が難しい。自分で事業をしていると生活と一体化してしまって、本業と切り分けて働くことが難しいことがある。利益相反でコンプライアンス違反となる恐れから、本業へのフィードバックを期待することは困難だ。
また、自分の事業の方が楽しくなり、本業を辞めて専業となってしまうこともある。その対策として、辞めても戻ってこれるように出戻り制度を整備したり、アラムナイネットワークの構築など、退職後も繋がりを継続できる仕組みがあると良い。
無審査型
無審査型は、おそらく、最も多くの企業が採用している副業制度だろう。副業の内容は公序良俗に反するものでなければ、上司と相談して本業に支障なしと判断されれば許可される。
制度としての表立った目的は、副業によるスキルアップやモチベーションの向上、また本業へフィードバックすることでイノベーションが生まれることを期待していることが多い。しかし、具体的にどのように副業で得た経験やスキルが本業に活かせるかまでストーリーを作りこめている企業はほとんどない。
副業を希望する従業員の側は、制度を利用する目的が様々だ。企業側の目的通りにスキルアップや新鮮な経験による刺激、新しい人的ネットワークの構築を目的として申請する人もいるだろう。また、自分が本業で磨いた専門性を他社で試してみたいという動機もある。東京で働いていて、何かしらの形で地元である地方都市に貢献したいと考えて志望する人もいるだろう。
しかし、副業を申請する目的の多くは、前稿で述べたように「少ない収入の補填」だ。夕方まで本業で働いて、夜になったらオンライン宅配サービスの配達員のようなギグワークに勤しむようなイメージだ。
カフェテリア型
カフェテリア型は、副業先を企業側でコントロールする形式だ。予め企業が副業候補となる相手企業と提携を結び、その副業で得ることができる経験やスキルを明示する。副業を希望する従業員は、副業先の企業一覧から副業先を探す。もしくは、自分で副業先を見つけてきたときに、企業にその副業によってどのような成長が期待できるのかを報告し、審査が通った後に副業可能となる。たくさんある副業候補から自分に合った副業先を見つけるカフェテリア方式だ。
この方向性は、LinkedInの創業者リード・ホフマンの描いた「アライアンス」という企業と従業員の関係性がベースとなる。従来の雇用関係では、企業と従業員は雇用関係で結びつき、従業員は労働力を提供する対価として企業から金銭的報酬を得る。雇用関係が絶たれると、企業と従業員の関係はなくなる。そのため、雇用者である企業と従業員は対等な関係ではなく、企業が上位で従業員が下位のヒエラルキーが存在する。
しかし、アライアンスでは企業と従業員の関係はフラットだ。英語のAlianceを日本語訳すると「同盟」だ。企業と従業員は同盟関係の様に、協力関係を通して互いの利益を最大化するように努める。また、同盟関係は必ずしも2者の間だけで完結するものでなくても良い。従業員は個人として、複数の企業とアライアンスを組むことも可能だ。A社で80%のコミットをしながら、B社で20%のコミットをする。次の年はB社のコミットが増えて60%となり、A社が40%となって本業が逆転することもある。
現在でも、エンジニアではこのような形態で副業をしていることがよくある。プロジェクト・ベースで他社の仕事を手伝っていたり、本業として会社員をしながら、気の合う仲間と共にベンチャー企業を立ち上げてアプリ開発をしていたりする。
エンジニアの様に専門性が活きる職務の場合には、副業からのフィードバックで本業が良くなることが多い。副業で摘んだ経験やノウハウが、ふとしたときに本業でも生きてくる。
コミットメントシフト型
コミットメントシフト型は、前述の3つとは少し異なり、育成だけではなく転職の要素も入ってくる。コミットメントシフトとは、副業先との協業の比重を徐々に重くしていき、将来的に転職も視野に入れる副業の在り方だ。リクルートワークス研究所の古屋研究員によると、転職後の不適応が起こりにくく、新しい転職の形として期待できると述べている。
企業側にとって育成目的の副業で難しいのは、副業先に人材が引き抜かれる恐れだ。オンライン配送サービスの配達員や夜中のコンビニ店員をいくらやっていても、その副業経験から本業を退職するような可能性は低い。しかし、成長機会に溢れた勢いのある副業先だと、本業よりも副業先の方が魅力的な職場と感じるようになり、退職に繋がる恐れがある。そうすると副業を許可した企業にとって旨味がまったくないどころか害悪だ。
副業で成長して欲しいが、退職しては困るというのならば、逆転の発想として退職先をこちらで把握して退職後も関係性が続くようにすれば良い。日本企業の流動性の低さは問題であるため、副業からの退職を促すことで流動性を高めることも期待できる。
具体的には、関係会社や提携企業との副業を斡旋し、副業からの転職も奨励する。当然、出ていく一方ではなく、自社も関係企業や提携先企業から転職してもらう。副業人材やコミットメントシフトで転職してきた人材は企業の垣根を越えてキャリアをトラッキングし(LinkedInのようなSNSを活用することで簡単に企業の垣根は超えられる)、必要な時には副業や出戻りで復職してもらう選択肢もある。
また、シニア人材の活用にもコミットメントシフトは有効だ。いきなり転職を促すのではなく、副業を何度も繰り返すことで他の組織で働くことや世の中の動向を体感してもらう。そこで、新たな専門性を身に着けたり、無理のない転職でセカンドキャリアを見つけ出してもらう。その結果として、転職をせずにシニア人材として同じ社内で活躍してもらうこともできるだろうし、副業先を新天地として選ぶこともあるだろう。
何のために副業を認めるのか軸を作る
副業制度は、現状では副業を申請する個人の思惑によって、その内実が大いに変わってくる。個別の事例でみれば、副業によって制度設計時の「美しいストーリー」通りに働いている人もいる。しかし、統計的には多数派は副業制度を作っている企業側の思惑とはズレており、収入増を目的に身を粉にして働いている姿が多い。その結果、副業による健康被害という新たな問題を生んでいる。
副業による健康被害が出たために、副業を禁止しようと逆戻りすると、副業での収入をあてにして子供の養育費や親の介護の予定を組んでいる従業員が不幸になる。かといって、収入を目的とした副業だと、本業に身が入らなかったり、仕事への熱意が減じる恐れがある。ただでさえ日本企業は従業員の仕事への熱中度(エンゲージメント)が世界最低水準であるのもかかわらず、これ以上に下がるような真似はすべきではない。
そのため、ただ流行だからと副業を解禁するのではなく、なんのために副業をするのか目的を見つめ直し、そのうえで目的を達成できるように制度を作るべきだ。今回の4つの方向性が、副業制度を作るときのガイドとして役に立つことを祈っている。