「吾輩は猫である」にて予言されていた結婚滅亡
夏目漱石の「吾輩は猫である」という有名な小説がある。題名なら誰しもが知るところだと思うが、あれに書かれている内容を今も覚えている人は少ないだろう。
覚えているのは大体、冒頭の「吾輩は猫である。名前はまだない」というところだけだ。
かくいう自分も、小学校あたりの読書感想文のために読んだ記憶があるが、覚えているのはなぜか主人公の先生(漱石がモデル)が、自分の鼻毛を原稿用紙に几帳面に並べていく様を猫が観察しているシーンしかない。
というわけで、何の気まぐれか今更ながらにこの「吾輩は猫である」を再読したわけであるが、今読むとなかなか印象的かつ示唆的なことが書いてあった。
物語の登場人物の一人が先生宅で未来について語るのだが、その内容が実に現代に通じる話なのである。ちなみに、この物語の舞台設定は丁度日露戦争をやっている頃なので1905年頃の話である。
彼はまずこう予言する。
まさに今起きていることである。
その理由を彼は以下のように話す。
今の世は個人の時代である、と(本文中では「個性の世」と表現している)。昔は、一家を主人が代表し、一郡を代官が代表し、一国を領主が代表しており、代表者以外の人間には人格はなかったようなものだったが、それががらりと変って、あらゆる人間が個人を主張し出した。
他人が個人に口出しをしなくなったのはいいとして、それは同時に誰もが他人と密なかかわりをもつことができなくなったという点で個人は弱くなっているというのだ。現代に通じる話だが、このあたり、明治時代でもそういう気配があったのだろう。いわゆる、江戸時代からあった地域コミュニティの希薄化に伴う「社会の個人化(のちにベックやバウマンの唱えた話と一緒)」のことを言っている。
しかし、弱くなったことを誰もが認めたくないものだから、自分の強いところを殊更強調し、人の弱いところは徹底的に突いて貶めてやろうとする。これもネットの叩き行動みたいなものだ。
要は「核家族化」のことを言っている。欧米がそうなっていくように日本もそうなるだろうと予言している。
そして、親子が離れれば、その次に夫婦も離れると続く。
異体同心とか云って、目には夫婦二人に見えるが、内実は個人と個人でしかない、と。
このあたりは、現代の「夫の家事が育児が~」「男女平等が~」とXで文句言っている人たちを見ているようだ。
「だから自分は時代に先駆けて独身でいるのだ。失恋したからじゃない」と続くのだが、多分に拗らせ感をあるし、続く本文にも出てくるようにニーチェ感があるにせよ、個人の時代だーとか言い出すと、地域も家族も夫婦もなくなるよと言っているのは的を射ている。
物語の中では「僕はそうは思わない。大事なのは夫婦の愛だろ」と反論する若者も出てくるが、この件の最後に有名なこの言葉が発せられる。
夏目漱石の名言のひとつとしてこの言葉は知っていたが、「吾輩は猫である」の中の台詞だったとは。
ちなみに、この頃以降大正時代にかけて、一部の知識層が翻訳から発生した「恋愛」というものをもてはやし、「自由恋愛による結婚だ」なんてのが騒がれ始めたのだが、その結果起きたのが、若者の結婚難である。これもまた、1980年代頃の恋愛至上主義時代から未婚化が進んだちょうど平成の時代とかぶる。
経済の新自由主義などが唱えられたのも1980年代だが、そのおかげでそれまで社会主義国かと思われるほどジニ係数の低かった日本の格差は拡大していくことになる。
恋愛自由主義は、結局恋愛強者の総取り状態となって、お見合いも消滅し、職場結婚もセクハラになるからとなくなって恋愛弱者は途方に暮れた。恋愛ジニ係数はただ上がりである。
明治に書かれた小説の台詞を見返しても、歴史は韻を踏むというか、テクノロジーが進歩しようとも、人間の言っていることは所詮あまり変わり映えしないのだなという気がしてならない。
今更ながら海外が禅だとかマインドフルネスとかもてはやしたりするのもそういうことだろう。
当の西洋人であるエマニュエル・トッドですらこう言っている。
ともあれ、当時の暮らしぶりや人との関りなどが臨場感もって伝わってくるので、気まぐれに「吾輩は猫である」を再読してよかったと思う次第である。他の古典文学も再読しようかしら。芥川作品とか阿部公房とかいいかもしれない。
ところで、夏目漱石は売れっ子作家だが、彼が今に続く印税という仕組みを考案したといわれている。それまでは、作家は原稿料だけで、いくらその後に本が売れても1円ももらえなかったらしい。漱石は増刷するたびに印税率をあげるということも実施して、最盛期の彼の年収は今の金額にして6800万円だったらしい。稼いでるなあ。
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