自分の意見がないと自分の意見は言えない
「何を言うかよりもどう言うかが大事」
広告の世界では、「What to sayとHow to say」という言葉がよく使われます。What to sayとは「何をいうか」。How to sayとは「それどう言うか」です。例えば、新しい車の売りが燃費だったとしたら、What to sayは「燃費の良さ」ということになります。
それに対して、それをどう言うか、つまりHow to sayにはいくつかのバリエーションがあります。
新開発の直噴過給エンジンがもたらすリッター30キロの低燃費
クラスNo. 1の低燃費(◯◯調べ)
浮いた燃費でコンサートや海外旅行に
低燃費だから地球に優しい
蛇足ながら、このバリエーションの洗い出しにはFABV(ファブ)というフレームワークを使っており、それぞれが
Function:機能のアピール
Advantage:優位性のアピール
Benefit:便益のアピール
Value:価値観のアピール
ということになっています。
広告の成否を分けるのは、What to sayもさることながら、このようなHow to sayの妙であることは、この例を見るだけでも簡単に想像がつくでしょう。
そんな広告のテクニックを仕事や実生活にも取り入れてみましょう、というコンセプトのビジネス書は多く、平成の世ではそのうちのいくつかがベストセラーになりました。「何を言うかよりもどう言うかが大事」という考え方は、今や市民権を得たと言ってもいいでしょう。
「伝え方・喋り方ブーム」の果てに
もとより、「あうんの呼吸」や「空気を読むこと」が良しとされる文化に生きる私たち日本人は、伝える工夫に苦手意識があるのかもしれません。はっきり言わずとも伝えたいことは何となくわかるだろう。それが成り立ってしまうが故に、あの手この手でうまく伝えるという努力をつい怠ってしまう、というわけです。
だからこそ、伝え方・喋り方をテーマにしたコンテンツは人気を博しますし、その傾向は令和になった現在も続いているように思われます。そうして「How to say」に意識が向くのは素晴らしいことなのですが、一方でそもそもの「What to say」があまり顧みられなくなるのは、とても興味深い、というか残念な現象です。
How to sayは確かに大事です。しかし、本当に伝えたい自分の思いや考えがあれば、下手でも必死にそれを伝えようとするのが人情ではないでしょうか。そうして必死に訴えられれば、どんなに下手な伝え方でも耳を傾け、何とかして理解しようとするのもまた人情です。どんなにHow to sayが大事でも、やはり先立つのはWhat to sayであることには変わりはないのです。
自己主張が苦手で、人前で発言することができない、という相談を受けることがよくあります。ただ、よくよく話を聞いてみると、そういう人は意見を言えないのではなく、そもそも意見を持っていないのです。少なくとも、どうしても伝えたい、という強い思いや意見は持っていない。あるいは、漠然とした意見は持っていても、それを磨いて結晶化できていない。
このような状態では、いかにマインドセットを入れ変えても、伝え方のテクニックを覚えても、人前で堂々と発言できるようにはなりません。
自分の考えにまとわりつく煤や曇りを取り除く
そういう場合に必要なのは、まず自分の考えをクリスタライズ(磨いて結晶化)することです。クリスタライズとは、水晶を磨くように、自分の考えにまとわりつく煤や曇りを取り除くことです。
例えば、来季の予算についての会議が来週にあるとします。その会議に臨む前に、自分が来季の予算についてどう考えているのか?を自問自答します。増やした方がいい、という考えを持っているのだとしたら、それを出発点として、どの部分を・どう・なぜ増やした方がいいのか、ということをクリアにしていくのです。その部分にかかっている煤や曇りを取り除いていくイメージです。
そうして自分の考えをクリスタライズしていく過程で、予算を増やした方がいい、という思いは新たに、そしてより強くなることでしょう。とにかく有名になりたい、という漠然とした願望に燃え立つ思いは抱き辛いですが、日本人初のプレミアリーグ得点王になって有名になたい、という夢になら命を燃やせそうです。具体化した考えには、人は情熱を宿しやすいのです。
ここまでくれば、自分の考えは、伝えないで心にとどめておく方が難しいでしょう。さらにHow to sayに工夫をして、冷静と情熱の間でそれを伝えることができれば満点ですが、情熱のままに下手にでも思いを伝えることで、自己主張は十分に成立します。
改めていうまでもない当たり前のことですが、「自分の意見がないと自分の意見は言えない」のです。
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<参考にした記事>
https://www.nikkei.com/article/DGXNASFK2702J_X20C13A6000000/