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日本がデジタル化に遅れ、生産性が向上しないのはなぜか?

こんにちは、電脳コラムニストの村上です。

先日、岸田文雄首相が5日に英国の金融街シティーで実施した講演のニュースを見ながら正直複雑な気持ちになりました。特に「新しい資本主義」に関するくだりは、シティーでどう受け止められたでしょうか。「日本経済はこれからも力強く成長を続ける。安心して日本に投資をしてほしい。インベスト・イン・キシダだ。」と強いメッセージに込められた想いは伝わったと信じたいですが、1991年のバブル崩壊以降「力強く成長」したことがあったでしょうか。たしかに経済拡張期間としては2002年1月から戦後最長の69ヶ月にも及びましたが、これは輸出や設備投資の伸びからくるものであり、要は外需に依存したものでした。2008年後半の金融危機により世界経済が急減速すると、日本は他国にもまして経済収縮に直面することとなりました。

この間の国内の勤労者の生活に目を向ければ、完全失業率は改善したものの平均賃金は減少し、消費者支出も弱いものでした。つまり戦後最長と言われた経済拡張の果実を労働者が十分に受けていないのではないか。「新しい資本主義」と言われるものはこのあたりの危機意識から生まれたものなのだろうと思います。

岸田政権の成長戦略の中核に人的資本への投資を位置づける。フローとストック両面で人への投資を伸ばしていく。フロー面での人への投資といえば、まずは賃金だ。

単位時間あたりの労働生産性の伸びは諸外国と比べて悪くない。賃金の伸びが低いことが日本の大きな課題だ。賃金が伸びなければ消費にはつながらず、次なる成長も導き出せない。

生産性を上昇させるとともに、賃金を伸ばすために賃上げ税制を導入するなど官民連携して賃上げの社会的雰囲気を醸成する。

ストック面での人への投資は職業訓練、学び直し、生涯教育などへの投資が重要だ。この分野への日本企業の投資は諸外国と比べて格段に少ない。

教育訓練投資を強化し人的資本の蓄積を推進することで労働移動、雇用流動化を積極的に支援していく。兼業・副業の推進とともにリスキリング(学び直し)に力を入れる。

ストック面での人への投資については大賛成です。わたしも数度となくCOMEMO上でもリスキリングやリカレント教育の重要性を指摘してきました。人生100年時代、人は4回は転職することになると考えています。だとすると、その都度自身のスキルの棚卸しをして必要なものを修得することが大切です。

賃金に関しては、なぜ上昇しないのかという点で異なる意見を持っています。まず「賃上げ税制」というのはそもそもの前提を覆すようなもので、自由主義経済において企業の重要な専権である賃金に国が手を入れるということ自体が相容れないものだと考えています。危機意識は十分に理解できますが、おそらく根本原因を見つめ直す必要があるでしょう。

企業に賃上げを要請するということは、この案では終身雇用・年功序列が前提となっているからでしょう。労働人口が減少していく近未来において、需給で年俸が決まるのであれば勝手に上昇していってもおかしくはありません(株式市場と同じですね)。そうならないのは、なにかがおかしい。つまり、自由市場ではなくマーケットプライスを決める原理がおかしいわけです。

これを正しく機能させるためには、正規雇用の流動性の確保と非正規雇用の制限が必要です。バブル崩壊以降に非正規雇用が増加し、特に若年層においてその割合が上昇しました。正規雇用の解雇規制が厳しいため採用を抑制した企業が、雇用調整の容易な非正規雇用に目をつけました。流動性が低いと言われる日本ですが、実は非正規雇用側では十分に流動性があります。この歪みを是正することこそ、国が手を入れるべきところではないでしょうか。

そして、流動性が高くなると、労働生産性があがります。特にデジタル分野では顕著でしょう。一体どういうことでしょうか。

大昔の話ですが、似たような事例があります。オフィスのOA化やワープロからパソコンへの移行です。会社が変わってもコピー機の使い方はあまり変わりませんし、Microsoft Officeの普及によりワープロ、表計算、スライド作成などの事務作業もどの会社でも同じですよね。仕事に必要なツールは社会でそろっていたほうが効率がいいのは言うまでもありません。

一方でワークフロー(電子稟議)や営業管理ツール、人事や経費精算といったツールはどうでしょうか。世界では営業であればセールスフォース、人事関連であればWorkDayなど、どの会社でも使われているようなバックオフィス支援ツールがあります。それらを会社のアカウントとつなげるためにOktaというものもあります。これらはユニコーン企業となり大きく伸びたわけですが、その背景には雇用の流動性があります。会社が変わるために複雑な独自ツールの使い方を覚えるところから始めていたら、本来やるべきことが進まず最初の3ヶ月くらいを無駄にしてしまいます。日々の業務についても同じです。どの企業に移っても同じように効率的に業務を進めるために、このような基盤ツールが重要なのです。だからこそ、世界のSaaS企業というのはここまで成功したのだと思います。

今の日本の状況は以前より進んできたとは思うものの、まだ「会社を移動したらコピー機のとり方が大きく変わった(もしくはコピー機自体がなかった)」という状況でしょう。デジタル化をデジタル・トランスフォーメーションにするためには、社会全体が同じ土俵にあがる必要があるということを痛感する話ですね。

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タイトル画像提供:Melpomene / PIXTA(ピクスタ)

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