ポストコロナ時代に必ず世界に到来する「ケ」としてのソロ飯文化
「日本だけではなく、世界がソロ社会化する」
2017年頃から僕はそう言い続けていますが、当初は誰も聞く耳持ってくれませんでした。どんなにデータを提示しても、聞く耳を持たない人間にとって、事実は彼の真実になりません。信じようとしない事実は、彼にとって事実ではなくなるからです。
ところが、信じようと信じまいと、そんな主観なんかを超えて、事実が積み重なると、見たくなくても、聞きたくなくても、信じたくなくても、事実は事実として誰しもの脳内に入り込みます。
「アメリカやイギリスなとのカップル文化の国では、一人でご飯を食べるなんてありえないよ」と言っていたのは、誰か特定の人たちの信じたい真実であり、決して事実ではありませんでした。
アメリカでもイギリスでも「ソロ飯」が席巻し始めています。
記事によれば、アメリカではレストラン全来店者のなかで占める「ソロ客」の割合が、過去5年間で35%増と記録的に伸び、人数別の客層のなかで最大となった。続いて2位になったのが「2人連れの客」で、全来店者の27%を占めた。とのこと。
そうしたソロ客の需要増に伴い、スマホ検索で「solo dining(ひとりで外食)」と検索する回数も激増しているようです。
あわせて、イギリスでも、2019年、デリバリーを含むおひとりさまの「外食」が44億回に上った。これは、イギリスにおけるレストランでの外食総数116億回の40%近くを占めます。
実は、2017年に拙著「超ソロ社会」を上梓した時は、韓国、台湾、中国という東アジア諸国で注目され、各国で翻訳本も出版されました。その後、ドイツ、フランス、カナダなどのメディアからもぽつぽつ取材はありましたが、米英など英語圏の国からはあまり興味を持たれなかったのです。
ところが、それが2019年以降大きく変わります。
アメリカ、イギリス、フランス、カナダ、スペイン、ブラジルなどといった国のメディアから急激に取材依頼が増えました。中には、いわゆる「結婚をしないソロ人生」をメインとした取材もありましたが、中心は、拙著「ソロエコノミーの襲来」にも書いたように、「ソロ化する経済」という部分に各社とも興味があるようでした。
全部はご紹介しませんが、一部、フランスの「ル・ソレイユ紙」の記事はこちらです。
イギリスBBCからの取材の記事はこちらです。
もちろん、日本でもこのソロ活市場について取り上げてくれるところも多く、2019年春にNHKや、つい先日はBSテレ東「日経プラス10」にも出演させていただきました。その時の話はこちらの記事に書きました。
そして、重要なことは、今後です。
今まさに世界中が新型コロナによって外出禁止や自粛によって、はからずも毎日の食事を部屋の中で食べることを余儀なくされています。一人暮らしであれば、毎食一人で食べているわけです。寂しいとかそんなものは通用しません。問答無用で一人で食べざるを得ないわけですね。
そうすると、寂しいと思っている人間は認知不協和はやわらげるために「ソロで食べるのも悪くない」という理屈付けを行います。理屈付けをされると感情は安心します。ソロ飯が辛いものではなく、ある意味では、コロナによって日常の習慣化されていくわけです。
ポストコロナ時代、これがどうなっていくかというと、カップルや皆で楽しく食事をするというものは復活するでしょうけど、それは、今よりももっと贅沢なレジャーとしての位置づけに代わるでしょう。コロナによって孤独の食事に辛さを感じるような人は尚更、そうした時間は実は「かけがえのない価値ある時間」ととらえるようになる。
一方、コロナによって一人で食べることが日常の習慣化されてきた人達にとって、コロナ以降も日常としての「ソロ飯」を継続することに違和感はないですし、コロナ以前にあったような「一人でご飯食べるなんて変わってる」という指摘もなくなっているでしょう。ソロ飯文化は急速に世界の人の日常へと浸透していくことになります。
つまり、ハレの食事でとしての「グループ飯」とケの食事としての「ソロ飯」とが、二者選択ではなく、両立する世界が到来します。
大事なのは、「グループ飯」しない人と「ソロ飯」しかしない人に分かれるのではなく、一人の人間の中で、タイミングと気分に応じて行動が多様化するということです。
これこそが、ソロ化する社会における「個人の多様性」の確立につながるわけです。
飲食業だけではなく、あらゆる食に関する商売をやられている方は、ぜひ「ソロカルチャー」について勉強していった方が賢明だと思います。消費者を群としてとらえ、マス広告による大衆消費時代とは全くアプローチの仕方が違います。