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Clubhouseの問題を、「テックと社会」の関係性から考える

Clubhouseが日本で大きな話題になってから、約1ヶ月が経った。日本でもClubhouseの良い点や悪い点、ネットワーキングの楽しさや懸念されている詐欺など大々的に議論されている。

昨年からアメリカを中心にテックやエンタメ業界でも様々な議論を呼んでいるClubhouseの問題点について、Wezzyで書いた記事から一部を抜粋してここで紹介いたします。より細かい記述は、是非元の記事をご参照ください。


1.1)人種差別やLGBTQ差別など、マイノリティに対する差別問題

「反ユダヤ的言論やハラスメント問題で注目を集めている招待制アプリClubhouseは、ユーザーが安心して利用できるようにすることに重点を置いているという。しかし、その性質上、ミソジニーや人種差別に媚びる権力者たちの避難所となっている。」


 米国では新型コロナウイルス拡大の時期と重なり、当初Clubhouseへの注目が集まった。しかし、ジャーナリストたちの利用が広がっていくうちに、クラブハウスで差別的な発言が横行していることが問題視されるようになった。

 実際にルームのタイトルに差別的な言葉が掲げられていたり、有名人同士が差別的な話題を「ネタ」とした会話で盛り上がる場面、事実と異なる発言がされることがある。しかしモデレーターによって選定された人しか話せず、さらに音声の記録ができないため、指摘や反論、追求ができず放置される状況が続いた。実社会において差別を受けていたり、マイノリティとして声をあげづらいような生活をしている人たちが、「表現の自由」の名の下でアプリの中でも被害を受けやすいのだ。

 アプリの規約上では差別的な発言やいじめと見られる行為は禁じられているものの、閉鎖的な空間であり、かつ「権力」や「知名度」が可視化されやすいようなアプリの構造上、実社会でも頻繁に起きる差別的な発言をなくすことは現実的には難しい。

1.2)浮き彫りになるミソジニーの問題

新しいSNSツールが浮き彫りにするのは、人種問題だけではない。Clubhouseが日本で話題になればなるほど話題に上がってくるのが、性差別問題だ。

 実際社会の会議で女性が発言権を与えられにくいこと、そもそも意思決定の場から排除されていることは長年問題視されている。そこに加えて、男性が女性の発言を遮ったり、同性同士での「内輪ノリ」で盛り上がる構図は特にスタートアップやテック界隈においては日常茶飯事だ。

 Clubhouseにおいても、男性同士の内輪の会話の中で女性を蔑むような発言があったり、若い人の発言が大人たちによって遮られたりすることも問題視されている。

Z世代のアクティビストのNadya OkamotoさんはClubhouseを積極的に使っていながらも、「ここまで話を遮られるのは、Clubhouseがはじめて」と発言している。彼女の場合は同世代の若者たちや女性、マイノリティなどを中心にしたインクルーシブなルームを作ったり、自分がマイノリティであるルームでも積極的に発言することで、Clubhouseで新たな連帯を産むことに努めている。

「大富豪たちに、私たちを”女性たち”と呼び、Clubhouseで発言権を独占するのをやめるように言った。私たちは大人の女性であり、喋るための権利をいちいち男性からもらう必要なんてない(すぐに部屋から追い出され、戻るために他の女性たちにDMを送らなきゃいけなかった……)」

1.3)デマや誤情報の流布

米国時間の1月30日に、テスラやスペースXをはじめとした企業の創設者であるイーロン・マスクがClubhouseのルームに参加するとして、日本でも大いに話題になった。入室希望者はルームの上限人数である5,000人の参加者を遥かに上回り、宇宙旅行、火星の植民地化、仮想通貨、AIやコロナウィルスのワクチンなど様々な話題について質疑応答形式で答えた。

ルームから溢れてしまった人たちはYoutubeでの「生配信」を通してマスク氏の応答を見ていたが、鋭い質問をしたり誤情報を指摘する役割を担うジャーナリストが発言権を与えられなかったり、ブロックされていることでルームに入れず、マスク氏に対する質問の「攻め」が非常に甘かったことや誤情報が放置されていたことが強く問題視された。


「マスク氏は過去に、コロナウィルスに関する誤情報の拡散に貢献してきた。Clubhouseのインタビュアーはそのことについては言及しなかったが、ワクチンの流通についてどう考えているのか、今後どうなっていくのかを聞いた。また、彼はジョンソン・アンド・ジョンソン社のワクチンはFDAに承認されていると主張したが、これは事実ではない。」

Twitter社が誤情報を含む記事の拡散を禁止したり、ドナルド・トランプ氏のように影響力の大きい人物の発言に警告マークをつけるなどの対応を急いでいるのに対し、Clubhouseはミスインフォメーションに対する処置の甘さも指摘されている。



2.1)アプリの構造から発生する権威主義

 Clubhouseの決定的な特徴といえば、「招待制」であることだ。ユーザー1人に与えられる招待枠は限られており、その招待がもらえないとアプリを使うことさえできない。

 このように人工的に作られた希少価値によって、「枠を持っている人」vs「枠が欲しい人」の不均衡な関係が成り立つ。さらに、Clubhouseは元々ベンチャーキャピタルやテック系の起業家、そしてハリウッドセレブなどを初期ユーザーに迎えており、それら「権力者」たちやその取り巻きとネットワーキングできることが一つの魅力とされている。

 すでに日本でもオンラインサロンや女性蔑視的な起業家カルチャーが問題視されているが、そのような害悪なカルチャーを形成してる人々たちが話題の中心を握れるアプリでもあるのだ。そのことを認識せず、「乗り遅れるのが嫌」とばかりに、日本でClubhouseが手放しに称賛されていたことに違和感を抱いた人も多いのではないだろうか。

 Clubhouseでは、モデレーターによって選ばれ発言権が与えられる「ステージ上の人」対「リスナー」という構造が可視化されている。日本のコミュニケーションでは上下関係を厳しく守る文化があるが、このしきたりがClubhouseの権威的なカルチャーを加速させる可能性もある。

 発言している人たちが内輪ネタで盛り上がっていたり、質問を受け付けていない場合は、手を挙げてコメントすることは非常に躊躇われてしまう。「経験のある人」や「知名度のある人」が発言権を持ち、参加者がそれを聞くという形式が一般的であるが、その「成功者」のアドバイスが間違っていることも当然多い。しかしアプリの構造上、コメントやシェアができない。つまり、スピーカーの言葉に対して反論や訂正、軌道修正ができないのだ。

2.2)男性中心社会のシリコンバレーの闇

ガーディアン紙に「現実での男性中心的でエリート主義的なカルチャーがそのままバーチャルに」というタイトルの記事が掲載されている。

 この記事は、アメリカで起きているテック企業ブームの裏側では、雇用機会の不均等やセクハラ、レイプなどの深刻な問題が長年問題視されていることを指摘するものだ。

 シリコンバレーに憧れを抱く人は多いが、実際はその男性中心的なカルチャーや「権力者の有害な行動が野放しにされる」ような環境でもある。目立たない理系のナードがテック関連で大儲けし、突然権力者に成り上がり、その権力を濫用したり女性を搾取したり、ホモソーシャルな企業環境を作ることで女性を排除する文化には”bro culture”という悪名がついている。

 Googleの元社員が告発したセクハラの数々が例としてよく挙げられるが、そのような害悪なカルチャーについて言及せず、イノベーションのメッカとしてのみ米国のテックカルチャーを神格化するのは極めて危険だということは、エミリー・チャン氏による『Brotopia』でも記述されている。Clubhouseは、その「男子校のような内輪ノリ」を行うための最適な場所でもあるのだ。

 そもそも、テック業界には女性が極めて少ない。日本でも「リケジョ」の育成が度々話題になるが、アメリカでも理系に進学する女性や有色人種の少なさは常に議論の中心だ。多様性を謳うシリコンバレーでも雇用機会の不均衡や給料の格差、そして「女性は数学や科学が苦手」という社会的なバイアスが存在している。アファーマティブアクション等によって女性やマイノリティが活躍しやすいような環境が形成されつつあるが、それでもテックやVC業界は相変わらず男性中心のホモソーシャルな社会だ。

 「若い独身男性が中心のシリコンバレーでは、子供のいる30代女性は仕事との両立に悩まされる。実際、女性は男性の2倍、テック業界の仕事を辞めている。が、理由はそれだけではない。セクハラや性差別が横行しているのだ。」

 女性経営者に対するネガティブな偏見、そして性差別的な体質により、男性起業家の方がベンチャーから資金を圧倒的に得やすいということも現実だ。こうして「マイノリティが排除された」環境から生まれるテクノロジーには、映画”Coded Bias”(2020)でも取り扱われているように、マイノリティに対して有害な偏見や配慮の不足が施されてしまう。Clubhouseでは、その結果として「成功者」の男性たちにとっては居心地がよく、その他マイノリティは排除されてしまうようなユーザー体験が生まれてしまったのだ。

2.3)遮られてしまう女性やマイノリティの声

東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗元会長の女性蔑視発言が強く批判された際に話題になったのが、実際は会議などで話が長いのは女性ではなく男性だという研究データだった。女性を遮ってまで男性が話を割り込んだり、女性の実力や知識を軽視して「マンスプレイニング」をしたり、日本社会でも女性の発言が聞かれないことが問題提起されている。

 Clubhouseでも、例えば男性の発言に女性蔑視的な内容が含まれていなくとも、女性を聞き手に回し、男性ばかりが喋っているルームは非常に多い。現実で存在しているカジュアルなミソジニーが、アプリ上で明確に可視化されてしまうのだ。


最後に

 Clubhouseを通して、良い変化も起こせる可能性は十分ある。文字ベースよりも直接的なコミュニケーションができる上に、正式なトークイベントよりも気軽に参加できる。若い人やマイノリティ間で連帯が生まれ、勇気やエンパワメントへと繋がることを私は期待している。

 今マジョリティが「変わる」ために必要なのは、今すぐに起こせる行動、今すぐに改められる態度、今すぐに見直せる自分の組織の構造について学ぶことだ。そしてそのためには「当事者と議論する」ことではなく、「当事者の意見を聞く」ことこそが重要になってくる。気軽に誰とでも会話で交流できるアプリだからこそ、普段は意見が聞かれにくいような人たちの声が聞かれるチャンスがあるのではないだろうか。



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