取締役会で企業文化を議論する重要な意味(人材版伊藤レポート④:取締役会が果たすべき役割・アクション)
こんにちは。弁護士の堀田陽平です。
今日はたこ焼きの形をしたユニークなフォンダンショコラを食べました。
さて、今年に入り「人的資本」という言葉はさらに頻繁に目にするようになりました。
今回は、私が経産省の時に作成に関与した人材版伊藤レポートの説明の続きを書いていきます(過去のものは一番したに引用していますので、よければご覧いただけると嬉しいです)。
今回は第4弾として「取締役会の役割」です。
取締役会の役割の明確化、KPIを用いたモニタリング
人材戦略と経営戦略を連動させるという観点からは、本来的には取締役会においても人材戦略の議論がされるべきだということになります。
しかし、これまで取締役会の中で人材戦略が議論されることは必ずしも多くはなかったと思われます。
(引用:持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会参考資料より)
そこで、人材版伊藤レポートでは、まず人材戦略に関する取締役会の役割の明確化し、企業独自のKPIを設定したうえで、これを監督・モニタリングするべきとしています。
特に、企業価値を大きく左右しる「CxO」人材や、将来の幹部候補、経営戦略に不可欠な事業領域の”人材パイプライン”(ここでは、必要な人材を中長期的に供給できるかという意味で用いられています)について、KPI 等を活用したモニタリングや、取組の評価(年齢の幅だけでなく、人材パイプ ラインの幅を広げてタレントマッピングできているか等)を行うべきであるとしています。
この点に関しては、以下の事例が参考となるでしょう。
<参考事例>
・ソニー株式会社では、人材戦略の共通フレームワークについて取締役会でも議論。また、従業員エンゲージメントのスコアを経営幹部チームの報酬に組み込み。
・国内食料品メーカーB 社では、人材・労務・人材開発に関する専門性を有する取締役を選任するとともに、取締役会において、人材や 組織風土の状況に関する議論を定常化し、非財務情報 KPI を役員報 酬に反映。
・HSBC では、デジタル化の推進に向けてリスキルを実施しており、 デジタル人材の状況についてボードメンバーにおいても緊密に議論。
人材戦略においても社外取締役に期待
さて、取締役会においても人材戦略に関する役割を担うためには人材の視点から議論ができる専門性を持つ取締役がいなければ人材戦略に関する議論ができません。
そのため、人材版伊藤レポートでは、人材戦略に関する専門性を有する人材を取締役に選任すべきであるとしています。
この点に関しては、ガバナンスの議論全体と同様に、人材戦略の議論にとっても、社外取締役には大きな役割が期待されています。
この点、人材版伊藤レポートでは、次のように述べています。
多様なステークホルダーとの調整の中で、人材戦略の方向性が 揺れ動き、現状を追認する内容となることがある。この場合、取締役 会、特に社外取締役は、その独立性を活かし、しがらみに囚われることなく、人材戦略の議論をあるべき方向に導く役割が期待される。
この点をもう少し詳しく説明すると、研究会の第2回の議論の中で、このような意見が出ています。
社内には旧来型の終身雇用や年功序列が存在し、新しい人事戦略への抵抗はあったが、社外取締役が フェアウェーに戻してくれる役割を果たしている。具体的には、世の中の水準やグロー バルの視点から制度の持続性や事業戦略上の妥当性を評価してくれている。
つまり、人材戦略については、従業員の関係も問題となり社内のステークホルダーとの関係から、現状追認となりやすい傾向があります。社内取締役が元々その会社の従業員であることが多い日本企業においては、特にその傾向が強いと思われます。
そうした中で、独立性を有する社外取締役の人材戦略の策定、モニタリングに対する役割は大きいといえます。
実際、同じく第2回では、投資家の方からも以下のような意見が述べられており、投資家の目線からも社外取締役の役割は期待されています。
経営トップや社外取締役から、求める人材像や新たに採用・起用した人の名前など、より具体的な説明がなされるとその会社は、しっかりとした戦略を執行されているという印象を持つ
取締役会が企業文化をモニタリングする
企業文化は、組織や個人の行動に大きな影響を及ぼします。
人材版伊藤レポートでは、こうした企業文化は、人材戦略の実行プロセスを通じて醸成されるとしており、したがって、取締役会においても企業文化について議論すべきであるとしています。
ちなみに、イギリスで2018年に改訂されたコーポレートガバナンス・コードでは、取締役会が企業文化を考慮すべきであることが明確化されています(改訂コード条項2)。
日本のコーポレートガバナンス・コードの改訂については今度触れます。
企業文化は不変でなくガバナンスの中にある可変的なもの
さて、このように、企業文化を取締役会で議論すべきとすることには、重要な意味があります。
それは、企業文化はガバナンスの外にある不変のものではなく、ガバナンスの中にあり、したがって、経営戦略等に応じて変化し得るものであるということです。
これまでも述べてきたとおり、日本型雇用慣行は、これが形成、定着した時代には、経営戦略と適合する人材戦略であったと思われます。しかし、いつの間にか、それが経営戦略の外側に出てしまい、経営戦略と無関係に不変のものとなってしまったように思われます。
取締役会で企業文化を議論する場合には、企業文化を「変えられないもの」とするのではなく、経営環境、経営戦略に照らして企業文化の在り方自体の議論がされることが望まれます。
<参考>