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考え難い米国のドル売り介入

7月に入ってからドル高を快く思っていないトランプ政権がドル売り為替介をするのではないかというアナリストレポートや報道が話題になっているようです。確かに先般のIMF報告書でもドルの過大評価が指摘されており、程度の問題あれども、これに異論を唱える向きは多くなさそうです。ですが、筆者は有り得ないと思っています。

そう考える理由は少なくとも2つ考えられます。1つは為替政策報告書で「監視リスト」対象国を批判する論拠を失うこと、もう1つはECBを筆頭に各国から報復介入の恐れがあること、です。このうち、やはり前者は大きいと思います。米財務省が運用する「監視リスト」への掲載条件の1つは「一方的かつ継続的な外貨買い為替介入を行い、それがGDPの2%以上かつ過去12か月のうち6か月間で実施されていること」です。しかも、今年5月に出した報告書で「8か月間」が「6か月間」に短縮され、その基準は一段と厳格化したばかりです。もちろん「一方的かつ継続的」でなく威嚇射撃のようにワンショットの介入を運用しようとする可能性もゼロとは言えませんが、他国の通貨・金融政策にまつわる不公正を叱責している米国が最大の禁忌である為替介入合戦の口火を切るでしょうか。そのような決断に出れば米中貿易交渉でも米国の立場はきまりが悪いものになってしまうでしょう。ちなみに、米国がドル売り為替介入に踏み込む場合は米財務省の管轄する為替安定化基金(ESF:Exchange Stabilization Fund)が運用されるとの思惑が強いようですが、7月18日、ムニューシン米財務長官が既存の運用方針について変更はない(通貨安誘導に使うつもりではなく市場変動の抑制に使用する)とわざわざ認識を示しています。

ドル売り為替介入は割に合わない
なお、もう1つの理由についても言うまでもないでしょう。ユーロを例に取れば、ドイツ以外の多くの加盟国がユーロの割高感を訴えている現状があります。米国が介入に踏み切れば、ECBも同様の政策措置を取るようにEU首脳会議やユーロ圏財務相会合(ユーログループ)が圧力を強め始めることが目に見えています。これに抗しきれるほど今のECBに政治資源があると筆者は思いません(ただでさえ11月以降は政治家出身の正副総裁が運営する中央銀行になることが批判される状況です)。もちろん、ECBに限らず、通貨安を成長の起点としたい新興国も同様の動きに至る可能性があります米国がドル売り介入に動けば、「近隣窮乏化策の応酬」という不毛な局面の到来が警戒されます。そのような不名誉な展開を自ら引き起こした張本人に米国(トランプ大統領?)もなりたくないでしょう。反撃はされるわ、これまでの主張の正当性も根本から失われるわであまり旨味がありません。そもそも基軸通貨ドルを擁する米国にとってみれば実弾で介入する以前に口先や金融政策で十分な効果が見込めるはずです。ドル売り介入は割に合わないトライでしょう。

IMFなどが指摘する通り、ドルが過大評価であることは各種定量分析から正しそうな印象があります。しかし、その修正は米財務省による為替介入ではなくFRBの金融政策のハト派傾斜によって順当に進んでいくと考えたいところです。


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唐鎌大輔(みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト)

04年慶大経卒。JETRO、日本経済研究センター、欧州委員会(EU本部)などを経て08年10月より現職。著書に『欧州リスク: 日本化・円化・日銀化』、『ECB 欧州中央銀行: 組織、戦略から銀行監督まで』。所属学会:日本EU学会。※コメントは個人的見解であり所属組織とは無関係です

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