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人口減少時代の防災

このところの台風等で被害にあわれた方には、まだ不自由な生活を強いられているかと思います。こころよりお見舞いを申し上げます。

今回の台風で改めて認識させられたのが、水害による被害の大きさ、深刻さである。新造からまだ日が浅い北陸新幹線用車両の水没は大きく報じられたが、それ以外にも、例えば路線バス車両の水没も発生している。

改めて、こうした被害を未然に防いだり、被災してもその被害を最小限に抑えるために、今一度、知恵と工夫をこらして防災計画を見直す必要があると感じる。ただ、その時に気になるのが、その対策をどのように講じるかということだ。

これまでの延長線上で考えると、例えば河川の堤防を一層強化したり、盛り土をして土地のかさ上げをするといったことを考えがちだと思う。もちろん、実際にそういう対策が不可欠な場所もあるだろう。

ただ、念頭に置いておきたいのは、日本は少なくても今後半世紀にわたって人口が減り続け、高齢化していく社会だということだ。人口の将来予測は、もっとも確実性が高く、正確に予測できる将来の姿の典型だが、国の予測によれば約45年後の2065年には人口は9,000万人を割り込み、ピーク時とくらべて人口は約3割減となる。そして、65歳以上の人口比率である高齢化率は4割近くに達する。

この意味を防災の観点からとらえると、次のことが指摘できると思う。

1・人口減により、被災しやすい土地の利用を減らすことが出来る。
2・高齢化の進行により、被災後の復旧のマンパワーが減少する。

1の観点からは、今利用している土地をそのまま利用することを当然の前提とするのではなく、より災害の影響を受けにくい土地、水害の観点であれば標高の高い土地に移していくこともあわせて検討していかなければならない、ということになる。人が減って防災条件のよい土地が使われないままになってしまうなら、そこを使うようにシフトしていくことが合理的ということだ。

そして、2の観点でいえば、会社などの中でも「若手」が減り、社会全体としても高齢化率が高くなれば、災害復旧のための要員確保がしにくくなる、ということである。それは災害ボランティアの数もそうだろうし、会社が被災した時に復旧に当たれる人員の数が減り、仮に人数は同じでも稼働時間数が減るということもそうだ。同じ1人でも、たとえば20代の人なら5時間復旧作業にあたれるところ、50代だと体力などの点で3時間しか作業できない、といったことが起きると考えておくべきだろう。もちろん、ロボット等がこうしたマンパワーの肩代わりをしてくれる未来もあるかもしれないが、災害復旧といった、いわば非定型で非日常の業務となると、AIを使うにしてもそのための学習データをどう確保していくかとか、日ごろ使わないものにどの程度資金を投じられるかも含めて、AIとロボット等による課題の解決には、なお時間を要すると思っておかなければならないようにも思う(この予測が間違いであるなら、こんなに嬉しいことはないが)。

そうした観点でも「被害が起きてから何とかする」のではなく、被害をなるべく未然にふせぐ、という発想が今まで以上に一層重要であり、1の観点が改めて大切になってくる。仮に盛り土やかさ上げで自社の事業所だけは浸水を免れたとしても、周囲が水没する状況になれば、事業再開はもとより避難すらおぼつかず、救助に向かえる人手も限られてしまう、ということになりかねない。

もうひとつ考慮しておくべきなのは、人口減と高齢化の進行で、他の条件が変わらない限り、日本は経済力が落ちていく、ということだ。すでに地方経済は相当程度まで弱ってきており、地方都市を走る鉄道や路線バスの車両を見ると、相当古い車両が走っていたり、大都市の鉄道・バス会社から中古を譲り受けたものと思われる車両を使っていたりすることが珍しくない。こうした経営状況であれば、被災によって車両や設備が使えなくなることが、事業存続にとって致命的な影響を与え、最悪の場合、被災が原因で廃業ということもありうるだろう。JRのような大企業であれば数百億円規模の損害を出しても自力で賄えるかもしれないが、地方の企業であれば、たとえそれがインフラの一翼を担うような会社であっても、自力での存続が難しくなる事態は、今後容易に想定される。

もちろん、そうした場合には公的な救済、端的に言えば税金を投入することでインフラ機能を維持していくということも起きるだろう。しかし、前述のとおり、経済の拡大は望みにくく、つまり税収は増えにくい一方で、高齢者比率の高止まりによって医療費や年金などの社会保障に要する費用も高止まりするものと考えられる。このなかで、公的な資金を投入してのインフラの維持と社会保障費は大きな競合関係になり、民主主義が一人一票で決まる意思決定だということを考えれば、比率の多い高齢者の意思がより強く反映されると考えておかなければならない。

こうした経済社会状況を考えれば、交通インフラの車両をはじめとした現有設備は、官民を問わずなるべく被災させずに寿命まで使い切ることが大切だし、被災しやすい土地を守るために費用を使うより先に、被災しにくい土地を有効に活用していくことを考えなければならない。人口減によるプラスがあるとすれば、条件の良い土地が遊休地となる可能性が生まれることで、その利用を推進していくことは、単に防災にとどまらない国家的な課題だと言えるだろう。それでも間に合わないところが出てきて初めて、新たな堤防等の建設といった対策を考えるのが手順であって、過去の高度成長期的な土建行政の発想で、より高くより強い堤防を作る、といったことを過去の延長線上で推し進めてしまうことは、著しくバランスを欠いた施策であったと、後世に評価される恐れが高い。

もちろん、日本は土地神話の国であって、こうしたことが一筋縄ではいかないであろうことは百も承知である。土地に関しては利害関係者も多く、水害の危険がある場所に土地を買ってしまった人の問題や、防災上有利な場所に遊休地を持つ人がそこを売ったり貸したりするかという問題など、課題は山積している。それだけに、正面切ってこの課題を指摘する人は少ないように感じる。そして、ここでは事業に関する話題を取り上げたが、個人の居住についても同じことが言えるのだ。

政策誘導などによって、人口激減で土地利用に余裕が生まれる国土を、適切に利活用の再編を促すことが何よりの防災対策であり長期的視点では最優先課題であろう。

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