新規事業立ち上げのアンチパターン
新規事業立ち上げのアンチパターンについて考えてみる。
このアンチパターンは、完全な飛地の新規事業だけではなく、複数プロダクトを経営する中での隣接領域の新規プロダクトの立ち上げのときや、あるセグメントにPMFした状態から次のPMFを探すときも同様のアンチパターンが適用されうる。
ここでのアンチパターンは、1つ目の事業立ち上げ・プロダクト立ち上げで起こることはない。2つ目の事業や2つ目のプロダクトを立ち上げる際に留意する点であり、コンパウンドスタートアップを正しく経営するには必ず頭に入れておきたい内容である。
規模からの逆算と顧客インサイトの軽視
新規事業における市場選択のアンチパターンである。
例えば、売上の30%成長を続けるための、計画と現実のギャップを埋めるために新規事業を規模から探してしまうみたいなケースで見られる。
大前提として、市場規模の推定は重要である。実際に事業をやっていると、いかに「良い市場」でビジネスを展開できるかは成長の大きなファクターとなる。なので新規事業を企画する立場としては、良い市場を見つけようという考えから新規事業を考えてしまいがちである。規模から逆算して新規事業を考えると、大抵は「いまの時点でわかる市場規模」を前提に、シェアが〇〇%になったらこれくらいの売上になるというロジックで事業を組み立ててしまう。
ここに落とし穴がある。基本的に「いまの時点でわかる市場規模」というものには、新規事的意思決定において意味はない。市場規模の概算は大事だが、あくまで概算であり、実際のプロダクトが到達可能な市場規模はプロダクトを出した後、一定事業を進めない限りは正しく推定できない。また将来の成長まで踏まえての市場規模の推定は、プロダクトを運営している当事者であっても難しい。例えば2012年の段階で、モバイルのフリマアプリの市場規模はほぼ0円だった。2012年の時点で10年後のモバイルのフリマアプリの市場規模を正しく推定するのは当事者であっても難しかったはずだ。
つまり実際の新規事業の現場で起こることは、未来の正しい市場規模は誰にも推定できないということだ。逆説的であるが、もし未来の市場規模が正しく推定できるなら、スタートアップなる賭けは成立しないであろう。その場合、リソースアドバンテージのある大企業が勝つ可能性が非常に高いはずである。しかし現実はそうなっていない。
(※ 例外として、証明された市場での既存プレイヤーの怠慢というミスはありうる。その隙をついて急成長した事業も存在はする。ただその隙は結局後述する、顧客のペインによって発見されるので、いずれにせよ規模からの逆算ではなく顧客インサイトから始めるべきという結論は変わらない)
正しい事業の起こし方は常に、目の前の「顧客インサイト」から考えるやり方である。この段階では、その「顧客インサイト」から推定できる市場規模は小さい。新規事業担当者はこの段階で、「この市場規模だと目標とのギャップは埋められないな」という思考で、有望な顧客インサイトからなるアイデアを足切りしてしまう。しかし安易にそう判断すべきではない。
その顧客インサイトに紐づく課題を解いていくと、隣接する課題に気づく。そこに展開し課題を解くと、また新たな隣接の課題に気づくという正のループが働くようになる。こうして当初想定していなかった切り口での市場が次々に発見される。この段階で推定できる市場規模は、当初考えていたものよりずっと大きくなっているはずだ。
顧客インサイトにディープダイブし、プロダクト開発・営業活動のサイクルを一定回した段階で、「当事者としての情報を前提とした市場規模の推定」には非常に意味がある。その状態では他社よりも優位に、どの隣接市場が有望かを推定できる。そこまで市場探索の不確実性を落とせると、事業のスケーリングの可能性はぐっと高まる。
いい事業とは必ずこのようにして立ち上がるものである。こういったループを回すには「顧客のインサイト」から事業を考える必要がある。市場規模から逆算して考えたものはこのループがうまく回らない。
1つめの事業を立ち上げた時を思い出そう。「この売上をいついつまでにつくりたいからこういった市場規模の…」という思考プロセスで事業をつくったであろうか?
そうではなく「こういった顧客の課題がある、こういった業界の課題がある、自分が具体的に当事者としてこういうことに困っている」というインサイトから事業を始めたはずだ。それが成功の要因である。しかしなぜか2つめの事業、2つ目のプロダクトでは違う思考で始めてしまう。それが失敗の要因である。
兼務による集中力の阻害と経営の無関心による社内孤立
新規事業における組織要因のアンチパターンである。
新規事業の成功は、新規事業にコミットするチームの「熱量」と「集中力」から生まれる。
事業の兼務による集中力の阻害は典型的な新規事業のアンチパターンである。一方ではPMF前の事業、もう一方ではPMF後の事業を見ているといったパターンは最悪だ。複数のPMF前の事業を見るというのも同じくらい最悪である。この状態では正しい優先度の判断ができず、実行力が損なわれる。
経営の無関心による社内孤立も新規事業のアンチパターンである。経営が新規事業チームを組成し「あとは任せた」という姿勢がここでいう経営の無関心にあたる。
経営が無関心だと、新規事業チームと既存事業チームでのリソースの取り合いのコンフリクトを放置してしまう。「任せた」というと聞こえはいいが、任せたからで放っておくと、既存事業の引力は強く、重心が傾く。経営が意志を持ってこの重心をずらし、新規事業チームの独立したリソースを保証することを後押しする必要がある。ここで任せたという名の放置、「無関心」を起こすと、既存事業と新規事業のチーム間の衝突や、目先の数値達成のための新規事業チームから既存事業への人の異動という引力にさからえない。
企業内での一般的な意思決定のバイアスとして「重要なこと」ではなく「緊急なこと」に引力が働く。また不確実性が低いものほど目先の予見性は高いため、不確実性が低いものを優先する傾向がある。既存事業は緊急性が高く、数値的な結果・短期的な売上が出やすいような不確実性が低いタスクが多い。新規事業は、短期的な売上インパクトをもたらさないような緊急性が低く、長期的には重要かつ不確実性が高いタスク(顧客に刺さるプロダクトを作る等)が多い。この2つのタスクが同時に並んだ時に、結果が短期で出やすい、不確実性の低く、緊急度の高い既存事業のタスクが優先される。
こういったバイアスは組織の評価制度とも紐づいている。一般的に評価制度は既存事業を想定して作られる。個々人のメンバーの判断で「新規事業を優先する」という判断は非常に難しい。兼務状態で、「新規事業を優先する」と必然的に、自身がその期間最大限達成できるはずの売上よりも低い結果となる。その結果本来得られたであろう評価や報酬が得られなくなる。
新規事業への集中状態を作るには兼務の解消しかない。また兼務の解消後も経営が既存事業に発生する引力にはっきりとNoを言う必要がある
例:「既存事業に人を寄越してくれればもっと売り上げが伸ばせるのに」
ここを経営が保証しないと、新規事業を立ち上げている人は社内から攻撃にさらされる
例: 「既存事業で売り上げを上げているのに、新規のチームは赤字を垂れ流してなにをやっているんだ」
すでに任せたからボトムアップ的に既存事業と新規事業のチーム同士でリソースを調整してくれというスタイルも危険である。既存事業チームは「数値」というわかりやすいロジックで主張がしやすい一方で、新規事業チームは「なんとなく新しい芽が見つかりつつある」「N1の顧客の反応がめちゃくちゃいい」といった定性的なロジックに頼らざるを得ない。この2つのロジックが同じ立場でぶつかりあうと、基本的には「数値のロジック」が勝ってしまう。このケースでの経営の不介入は委譲ではなく無関心である。経営はこの新規事業は絶対に必要なんだという強い意志を示し、既存事業に働く引力から新規事業チームを守る必要がある。
新規事業立ち上げのプロセスを分解すると、「長期的には重要だが、短期的には売上インパクトが小さい、不確実性が大きい」課題を解き続けることなので、ここにリソースが割かれない限り、確実に失敗する。リソースが豊富な大企業が、スタートアップに負ける根源的理由は、兼務による集中の阻害と経営の無関心である。
新規事業では絶対に兼務を許さない。その事業に100%集中している環境をつくる必要がある。そしてその環境は経営が強い意志で保証しない限りは絶対に発生しない。自然発生的には生まれないので意図を持ってその環境を作り出す必要がある。
そしてこの課題は2つ目以降の事業を立ち上げる時に発生する。1つ目の事業の時は、そもそも兼務は発生し得ないし、既存事業がないので引力も発生し得ない。なぜその事業を立ち上げるか、リソースを独立に確保すべきかを経営が意識しなくとも自然に実行される。
新規事業と既存事業を同じKPIで評価
新規事業における、KPI設定・評価のアンチパターンである。
新規事業と既存事業を同じKPIで評価してしまうという失敗。新規事業には新規事業にあった、既存事業には既存事業にあった適切なKPI設定が成功の要因である。
成功を収めつつある、収めた事業では、事業の管理能力が高まる。事業における不確実性が下がると、成長方程式が明確になる。成長方程式の成熟に従い、事業の予見性がたかまり、どれくらいのリソースを投下すれば、どれくらいのリターンが得られるかの予測精度が高まる。翻って事業における計画性も高まる。組織や評価制度もこの成長方程式を遂行し、最大化するように最適化されていく。基本的にはこういった成熟はとてもいいシグナルである。一方で新規事業の立ち上げの際はこのシステムの成熟が足枷になることがある。
既存事業の成長方程式に最適化したKPIを新規事業に当てはめてしまうと悲劇が起こる。そもそも既存事業のKPIはスケールの再現性に重きをおいている。一方、新規事業はPMFの達成具合を測るためにKPIを設定されるべきである。両者のKPIは混ぜるな危険である。
スケールの再現性のKPIとは例えば、「マーケ費をx円投下し、CPAいくらで顧客を獲得し、売上をy円増加させる」といったKPIである
逆に、PMFの達成具合を測るためにKPIとは例えば、「xというセグメントでyというユースケースの受注を1件達成する」といったKPIである
新規事業に対して、スケールの再現性のためのKPIをあてはめてしまうと、「既存事業よりも効率が悪くてやる意味がないね」といった安易な結論になってしまう。新規事業と既存事業を同列のものさしで、例えばIRRで評価しようみたいなやり方も最悪だ。基本的に「投資効率」といった指標は不確実度が下がった既存事業に有利に出やすい。ちなみにこういった指標で投資効率を判断するのは、多くのケースでは正しいし効率的である 。正論であるが故に、経営としても支持しやすく、通りやすい意見となる。そして新規事業にとってはこの正論が毒となる。
既存の事業も無限にスケールするわけではない。ある一定の投資し続けると、成長は飽和する。成長の低減がおこる。成長が低減した時に、「よし、新規事業をつくるぞ」となっても間に合わない。
事業の成長には一定の我慢の時間が必要である。リソースの投下も必要である。成長が低減し始めると、よほどカルチャーが強い組織でない限りは組織状態も悪化する。投資家の支持も減り、資金調達能力が下がる。「あの会社は最近調子が悪いらしい」という情報が流れて採用力も低下する。組織状態が悪化し、リソースの調達能力も下がっている状態で、新規事業を生み出すのはかなり難易度が高い。新規事業の立ち上げにはモメンタムが必要である。既存事業のモメンタムがあるうちに新規事業を仕込み始めないといけない。投資効率という名の同列のKPI評価から離れた、強い意志が必要である。
負のサイクルに陥る最初の原因は、PMF前の事業に、PMF後のスケールの再現性を作るためのKPIを設定することで起こる。そのKPIをベースにした効率性の比較を新規事業と既存事業とでしてしまう。そうすると合理的な帰結のもと既存事業が優先される。新規事業が優先されるとなるくらいまで既存事業の投資効率が落ちている状態では、前述した通り新規事業へのモメンタムが作りにくいところまで追い込まれてしまう。一見、合理的にみえる意思決定だが、その結果、新規事業への投資が過度に抑圧されてしまう。
この状態も、当然1つ目の事業では発生しない。1つ目の事業では、フェーズが変わるたびにスピーディにKPIとそれに紐づく人事制度、組織システムを変更するからだ。2つ目の事業、2つ目のプロダクトの際、その仕組みに引っ張られすぎないように注意すべきである。
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日経さんでも新規事業開発の失敗要因という記事がありました。少し違う視点ですが合わせてどうぞ。