ユーロ/円「15年ぶりの高値」の読み解き方~全く異なる08年との状況~
15年ぶりのユーロ高・円安を読み解く
ドル/円相場の高止まりが注目される中、ユーロ/円相場の続伸について照会が増えています:
本稿執筆時点でも164円台前半と2008年8月以来、約15年ぶりの高値を更新し、高値圏での推移が続いています。この点、「ユーロ圏の経済・金融情勢について何が評価されているのか」という問い合わせを多く頂きます。
結論から言えば、ユーロ/円相場の続伸はユーロ圏の経済・金融情勢が評価された結果とは言えません。2002~2008年にかけて起きたユーロ相場の持続的な上昇局面はユーロがドルに次ぐ「第二の基軸通貨」になるといった特殊な期待感の下で実現したもので、「euphoria(陶酔・熱狂)」に因んだ造語「europhoria(ユーロフォリア:ユーロに対する陶酔・熱狂)」まで生まれました。
ちょうど2007~08年といったユーロ相場が高値を付けるタイミングで欧州委員会経済金融総局に在籍していた筆者はユーロ導入10周年記念論文『EMU@10:successes and challenges after 10 years of Economic and Monetary Union』の執筆に関わっておりました:
https://ec.europa.eu/economy_finance/publications/pages/publication12682_en.pdf
ユーロ相場が対ドル、対円で史上最高値を付ける中、「ユーロの基軸通貨性を考察する」というのが同論文における1つの争点でもありました。ユーロに対する期待感が分かる話で、今では議論すらされない話です。
当時、為替市場で起きていたのは紛れもなくユーロ全面高であり、対円でも、対ドルでも騰勢が続き、いずれの通貨に対しても史上最高値は当時記録したものでした。しかし、現在のユーロ相場は対円で続伸する一方、対ドルでは軟調が続いています。当時(点線赤四角部分)とは大分異なります:
その意味で決してユーロ全面高とは言えず、2008年に記録した160円台とは同じ文脈で評価することはできません。なお、ちなみに当時は世界の外貨準備運用においても25%以上がユーロで占められており、2009年7~9月期には28%と史上最高値を付けています。言うまでもなく「第二の基軸通貨」期待によって押し上げられたもので、この点、20%未満が続く現状とは大きな開きがあります:
160円超えは単なる円安の結果
足許でユーロ/円相場は約15年ぶりの高値を付けているものの、ユーロが為替市場全体で猛威を奮っていた2008年とは状況が大分異なります。現在はあくまで円が実効ベースで歴史的な弱さに沈む中、対ユーロでも弱くなっており、それが「たまたま」歴史的な水準になっているだけ、というのが実情です。また、ユーロの歴史はまだ25年程度しかないわけですから、歴史的な水準と言っても、それを更新するハードルはドルよりも低いでしょう。現状の流れが続けば、史上最高値(169.97円)の更新も視野に入るでしょうが、そうなったとしてもそれは円の弱さに起因するものであって、ユーロフォリアに沸いた当時の状況とは分けて理解すべきです。
確かに、政策金利に関し、ユーロは円よりも比較にならないほど高く、それ自体はユーロ要因に根差したユーロ買い・円売りではあるでしょう。11月10日にはラガルドECB総裁が「少なくとも数四半期、現行水準で維持」する方針を口にしました。当面の利下げ可能性が排除されたことでユーロ相場が対円で押し上げられた部分もあったと見られます。
しかし、円と比べれば世界中のどの通貨も高金利通貨であり、ユーロだけが買われる理由にはならないですし、実際、そうはなっていません。現状の円安・ユーロ高をユーロ圏側の事情から解説するのは難しいと筆者は思います。なお、ラガルド総裁が利下げ可能性を排除した際、ユーロ相場は対ドルでも上昇はしていますが、1.07付近は2か月ぶりの高値ではあるものの、2008年4月につけた史上最高値(1.599)には程遠いものです。
歴史的な高値に接近しているのユーロ/円相場とは対照的に、ユーロ/ドル相場はむしろ、購買力平価(PPP)対比で歴史的な下方乖離が放置されたままです。長い目で見れば、ユーロ相場は対ドルで沈んだままです:
なお、「円については介入警戒感がある一方、ユーロにはそれが無い」ということがユーロ/円の押し上げに繋がっているという指摘もあるようです。一理あるものの、それは無理のある理屈ではないでしょうか。というのも、昨年、パリティ(1ユーロ=1ドル)割れが常態化した時ですら、ECBによるユーロ買い・ドル売り為替介入は争点化していなかったと記憶します。ユーロ/円相場の上昇を説明するための後講釈という印象は拭えません。
いずれにせよ、15年ぶりの高値であるユーロ/円相場の160円超えに特別な意味を見出す必要はなく、単純に対主要通貨で円が弱くなっていることの一環として整理するのが適当ではないかと思います。